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第二幕 『黒き山と五つの呪詛』

四章-5

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   5

 墨染お姉ちゃんや流姫さんと山頂を目指していた俺は、頂上付近で漂っている次郎坊に気付いた。
 流姫さんは普段と変わっていないが、墨染お姉ちゃんは、先の戦いでかなり消耗していた。あの式神が使った呪符の影響で、少なからず呪いを受けたみたいだ。
 俺たちが近寄ると次郎坊は、少しホッとした顔をした。


「どうしたんです? 呪いは解けたんですか?」


「いや……これをご覧下され」


 次郎坊が見る山頂を目で追うと、そこには木の板をくり抜いたらしい人形が、大きな釘で打ち付けられていた。人形には墨かなにかで文字が沢山書かれてる上、顔の部分には歪な目と口が描かれていた。
 その不気味な造型を引き気味に見ていると、黒龍の姿の流姫さんが、やや擦れた声を発した。


〝これは……酷いことをするね〟


「これがなにか、わかるんですか?」


 俺の問いに、流姫さんはギョロッと眼を向けてきた。


〝これが呪いだが、本体じゃない。呪いの本体は、この山そのものさ。そういう術式なんだよ、これは。丑の刻参りって知ってるかい? 藁人形を大木に打ち付ける、あれさ。これは、それを山にやってるんだ。今では、この山自体が、呪いそのものだ〟


「……どうすれば、解けるんですか?」


「丑の刻参りと同じさね。釘を引き抜いて、人形を清めればいい。問題は、どうやって引き抜くかだ。あたしら神の眷属や妖は、呪いの影響を強く受けてしまうからね。不用意に引っこ抜くと――」


 なんだ、そんなことか――流姫さんの話を聞きながら、俺はふよふよと人形に近寄った。


「あ、堅護さん――」


 墨染お姉ちゃんの声が聞こえたとき、俺はすでに人形を手で押さえながら、釘を抜いていた。


「堅護さん、大丈夫です……か?」


「え? ああ、大丈夫。ほら、俺ってまだ人間の部分が多いと思うから」


 ちょっと手に違和感があるけど、それ以外はなんともない。俺が墨染お姉ちゃんに笑顔を見せていると、次郎坊が恐る恐るといった表情で近づいて来た。


「烏森殿……その、手が痛みはしておりませぬか?」


「え? ああ、ちょっとピリピリするけど、それ以外は大丈夫ですよ?」


〝いや……なんていうか。そのピリピリとしたのが呪いだって、理解しておくれよ。そのまま持ってると、全身に呪いが廻って、病になったりするから〟


「え、うそ!?」


 流姫さんの忠告に、俺はビクッと身体を震わせてしまった。
 うっかり釘や人形を堕としそうになって、慌てて持ち直した。


「あはは……じゃあ、早く凰花さんに浄化してもらいましょうか」


 俺は直接手に触れないよう、袖口で人形と釘を持った。
 岩棚へと戻り始めたとき、墨染お姉ちゃんが俺の腕に捕まってきた。心臓が激しく鼓動をするのを感じながら、俺は振り返った。


「あの、どうしたの?」


「堅護さん……さっき、あの式に言ってたことですれど。あちきは、そんな高嶺の花みたいな女ではありませんよ」


 どうやら、俺とあの呪術師の式神との会話が聞こえていたみたいだ。
 俺はなんか気恥ずかしくなって、俯いてしまった。


「あの、えっと……人里で墨染お姉ちゃんの噂を聞くと、やっぱり美人とか器量よしとか、そんなことばかり聞くし……やっぱり、みんなに好かれてるんだよ。だから、その……俺が妖界で生きていくのに慣れたら、もう少しは自信が持てると思うんだけど」


 隣に居ても周囲から奇異の視線を受けない程度には、墨染お姉ちゃんに似つかわしい男にならないと――なあ。

 かなり、長い道のりになるかもしれないけど。今はまだ、俺でいいのかという不安が拭えない。
 こんな答えじゃ呆れちゃうかな……と思ったけど、墨染お姉ちゃんは、たおやかに微笑んでいた。


「アズサさんとも少し、お話もしましたけど。人界の男の子は、色々と考えるんですのね。でも、今回のことで、少し安心もしたんですよ?」


「……安心?」


「ええ。堅護さんが、あちきのことを大事に思ってくれてることが、わかりましたから」


 墨染お姉ちゃんが微笑むのを見て、俺は顔が真っ赤になった。
 あの呪禁師の式神との会話を、聞かれたなんて……あまり気にしてなかったけど、そこそこに大きな声で喋っていたんだ……。
 慌てて謝ろうとした俺は、すぐに口を噤んだ。
 ここで言い訳をしたり、気恥ずかしさから否定をすれば、また墨染お姉ちゃんを心配させるかもしれない。
 そう考えたまでは良いんだけど、そのあとの言葉が出てこない。俺は顔を真っ赤にさせたまま、大きく頷くしかできなかった。
 墨染お姉ちゃんは、そんな俺に微笑んでくれていたけど、ふと何かを思い出したように小さく口を開けた。


「あと……堅護さん? あちき、小さい頃の堅護さんに、魅了の妖力なんて使ってませんからね?」


「ああ、それは……大丈夫。そんなこと、思ったことはない、から」


 少し上目遣いになっていた墨染お姉ちゃんが、少し可愛く見えてしまった。
 なんとなく顔を見合わせていた俺たちは、ほぼ同時にクスっと笑い合った。

   *

 堅護が木の板の呪具を外した直後。岩棚での乱戦を続けていた沙呼朗の動きが、不意に止まった。
 沙呼朗の理性が戻った――と、最初に気付いたのは、やはり多助だった。
 しかし、そのことを口にするよりも前に、アズサとタマモが沙呼朗に攻撃を仕掛けようとしていた。


「ごーるどぶれいかーっ!!」


「ぶっころーす! す!」


「お、おい、待て!」


 多助は大慌てで、アズサの肩とタマモの足首を掴み、沙呼朗への攻撃をギリギリのところで止めた。
 アズサの〈ごーるどぶれいかー〉やタマモの九尾は、ある意味では即死級の攻撃だ。
 青龍の加護があるにせよ、まともに受ければただではすまない。
 当の沙呼朗は意識が戻ったばかりで、状況がまったく飲み込めていない様子だ。周囲を見回してから、目をパチクリと瞬かせた。


「ここは……どこかのや、山――? どうして、こんなところに?」


「まあ、色々とあったんだがな。おまえが無事ならいいさ」


 にこやかに多助が答える横で、タマモだけが憤慨していた。


「全然、良くないんだな! だな! 二発も殴られたし! たし!! ボコボコにさせろ、なんだな! だな!」


 外見に打撲の痕はないが、掠めたものも含めれば四発の攻撃を受けていた。
 なにがあったのか――という沙呼朗に、多助は事情を省略した。それですべてを理解した沙呼朗は、深々と頭を下げた。


「……すまぬ」


「呪いの影響というだけですから」


「そういうことだ。おまえの所為じゃねぇ」


 多助は沙呼朗の肩に手を添えて、微笑みながら頷いた。
 そんな様子を眺めながら、アズサは(ここに恋子さんがいないのが悔やまれるわねぇ)などと、半ば妄想の世界に入りかけていた。

 凰花によって呪具の浄化を終えたのは、これから三〇分ほどあとのことである。

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本作を読んで頂き、まことにありがとう御座います!

わたなべ ゆたか です。

丑の刻参りって一昔前までは、心霊・怪談特集でもやってましたけど……最近では見なくなった気がします。
まあ、ここ十年くらいテレビはまともに見てませんが。

次回はエピローグです。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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