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第二幕 『黒き山と五つの呪詛』

二章-4

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 黒龍である流姫に乗って、アズサは再び黒水山を訪れていた。
 二人がいるのは、蠱毒の壺が埋まっていた場所だ。まだ掘り返した地面や、腐りかけた鹿の頭部などを順に見回したアズサは、数十枚にも及ぶ霊符を造り出した。


「おまえたち、この山を呪う源を探して」


 アズサがばらまいた霊符が、一斉に雀へと変化した。四方八方へと飛び去っていく霊符の雀を目で追った流姫は、どこか面白くなさそうな顔をした。


「なんだい。こういう手があるなら、昨日もやっておくれよ」


「いえ……これ、すごく疲れるんです。あと、しばらく霊符は造れませんから……不慮の事態がありましたら申し訳ありませんが、宜しくお願いします」


 メイド服のスカートの裾を気にしながら、アズサはお尻を地面に付けないよう、しゃがみ込んだ。
 流姫は周囲を警戒しながら、アズサに近寄った。


「疲れるって……あれは、そんなに呪力や体力を使うのかい?」


「それもありますけれど……使い魔の情報が、一斉に頭の中へ流れ込んで来ますから。情報の把握で、頭がいっぱいになってしまって。他に頼れる人がいたら、お願いしたいってのが本音です」


「ああ……そういうことかい」


 流姫は納得のいった顔で、意識を懲らすようにしているアズサを眺めた。
 時折、チチチ……と鳴く小鳥の姿が目に入る。のどかな光景ではあるが、微かに漂う呪いの気配が、それをぶちこわしている。
 流姫は数秒ほどしてから、再びアズサに目を戻した。


「どうだい。なにかみつけたかい?」


「いえ……まだです」


「そうかい。ま、そんなに簡単にはいかないさね」


「はい……」


 アズサは頷くと、再び使い魔たちから送られてくる視界などの情報の把握に、意識を集中しはじめた。
 また数秒後、流姫は再び口を開いた。


「それにしても、あの雀は数十匹はいたろ? よくもまあ、それだけの視界を把握できるもんだね」


「ええ……少し、コツが……あるんですよ」


 集中が途切れそうになったのか、アズサの声は先ほどより、どこか力がなかった。
 少し引きつった笑みのアズサに、流姫は感心したような顔をした。


「数十もの目を共有するなんてさ、あんたもそこそこ修行をしたんだろ?」


「ええ、まあ……」


「やっぱりね。でも数十もの雀を放ったんだから、呪いもすぐに見つかりそうだね」


「あの……すいません。今はお喋りより、使い魔のほうに集中させていただけませんか? 集中が途切れると、使い魔たちが消えちゃいますから」


「ああ、すまないね。呪いの捜索に専念しておくれよ」


 アズサは流姫に頷くと、使い魔たちからの光景の把握に集中した。
 しかし、また数秒後、アズサはすぐ横で流姫が動く気配を感じ取った。


「そろそろ、手掛かりっぽいのは見つかったかい?」


 腰を屈めながら、興味津々に訊いてくる流姫に、アズサは心が折れそうになった。
 その直後、アズサに流れ込んでくる雀の視界が、その数を減らし始めた。


「え? なんで……」


 その付近にいた雀の視界に集中すると、覆面をした人影が見えた。しかし、異様に長い腕は左右で二対あり、足は鳥のような逆関節になっていた。
 異形は新たに雀の一匹を両断にすると、駆け出した。


「流姫さん。北側から、なにか来ます。妖かもしれませんが、なにかはわかりません」


「ほお……そいつが、黒幕かねぇ」


 流姫はアズサに言われたとおり、北側へと進み出た。
 数十秒ほど経ったあと、白い覆面をした四本腕が木の上から飛び降りた。流姫の前に着地した四本腕は、覆面の奥にある赤い目を向けた。


「あ……あの使い魔、を放ったのは、おまえか?」


「いや……だが、あたしらであるのは間違いないさね。あんたこそ、ここでなにをやっている?」


 逆に流姫から質問を返されたが、四本腕は答えようともしなかった。
 それどころか、四本の腕にある手は腰の帯に挟んでいた苦無いを掴み、流姫へと切っ先を向けた。


「き……貴様らには、ここで、死んで貰う」


「あらそ。できるものなら、やってみな」


 流姫が身構えると同時に、四本腕が飛びかかった。苦無いで斬りかかる四本腕を、流姫は右腕の一振りで払いのけた。
 その右腕は、一メートルはある龍の腕へと変わっていた。
 四本腕が地面に落ちた直後、流姫は苦痛に顔を歪めた。いつのまにか、右腕に突き刺さっていた。
 それを引き抜くと、流姫は柳眉を逆立てた。


「やっておくれじゃないか。ええ?」


 素早く起き上がった四歩腕が構えをとるが、流姫はただ大きく息を吸っただけだ。
 再度、四本腕は流姫に飛びかかった。なんの防御をする気配もない流姫は、牙の生えた口を開けた。
 直後、流姫の口から紅蓮の炎が吐き出された。
 炎に全身を焼かれた四本腕の手から、三本の苦無いが落ちた。炎が止んだあと、四本腕の姿は見えなくなっていた。
 すべて燃え尽きたわけではない。骨どころか、炭となった肉体すら残っていない。ただし、四本腕がいたところでは、まだ紙らしいものが燃えていた。
 流姫は燃え尽きる直前の紙を見てから、アズサを振り返った。


「紙しか残ってないってことは、あいつは式神とか使い魔なのかねぇ」


「可能性は高いです。陰陽師か呪禁師……ですかね。黒幕がこの近くにいる可能性が高いかもしれません。となると、あたしたちだけでは戦力不足かもし――」


 アズサは言葉を途中で途切れさせてしまった。なぜなら、周囲を先ほどの同じ姿の式神に囲まれていたからだ。
 その数、十二体。
 アズサは周囲を見回しながら、流姫に近寄った。


「流姫さん……これはちょっと不利すぎません?」


「そうだね。仕方ない……撤退しようじゃないか」


 そうは言ったが、自らが守護を担う黒水山から逃げるのは、やはり口惜しいのだろう。流姫の顔には苦渋に似た表情が浮かんでいた。
 このとき、すでに雀を消していたアズサは、新たな霊符を生み出していた。
 数枚の霊符を一度に放り投げると、周囲が濃い靄に覆われた。
 四本腕の式神たちは一斉に苦無いを放ったが、そのときには黒龍となった流姫は、アズサを背に乗せながら飛び上がっていた。


〝人里まで退くよ――ちゃんと捕まってるんだよ!〟


「は、ひゃい――っ!?」


 アズサが答えている最中に、黒龍はもの凄い速さで飛び始めた。

   *

 刻を同じく。多助と次郎坊は、陰陽師を探して赤翼川を訪れていた。赤翼川は二〇メートルはある川幅を持ち、川縁は砂利で覆われていた。
 その砂利には、戦いの痕跡と言える大きな窪みが出来ている。
 多助と次郎坊は、苦戦を強いられていた。
 彼らが対峙しているのは、陰陽師ではない。四本腕の式神や猿神どころか、生物かどうかも怪しいかった。
 多助たちが対峙していたのは、岩や巨石が積み上がってできた、巨大な蛇だ。頭部は石などが集まって、目や口を形作っていた。
 神通力や多助の炎は、ほとんど効果がない。


「くそ――俺みたいに、火気の加護を得ていやがる」


「拙者の神通力では、彼奴の身体に傷一つ付けられませぬ。それほどに、相手の呪力が強いようです」


 次郎坊はすでに神通力での攻撃を諦め、錫杖で戦っている。しかし、結果は変わらなかった。固い岩の身体に対して錫杖では、力一杯に叩いても表面を削るだけだ。


「くぞったれ。こんな化け物が巣くってるなんざ、聞いてねぇぞ」


「多助殿、これは生物や妖ではありますまい。恐らくは敵の陰陽師か呪禁師が、呪術で造り出したのでしょう」


「呪術で造ったものなら、呪術のほうが効率がいいか?」


「……アズサ殿か、凰花殿ですか? その可能性はありますが――つ!!」


 多助と次郎坊は言葉の途中で振り下ろされた、岩蛇の尻尾を避けた。
 背中から炎の翼を吹き出した多助が空中に逃れると、それに少し遅れて、次郎坊も空へと舞い上がった。


「多助殿、ここは一旦退きましょう。我らだけでは、太刀打ち出来ませぬ。他の方々と合流し、情報を共有するべきかと」


「……面倒くせえし、情報の共有ってのが意味があるのかわからねえが、一旦退くって考えには賛成だ」


 頷くと同時に、多助は人里の方角へと飛び始めた。
 次郎坊もあとを追おうとしたが、川縁にある岩の背後に、白い猿が隠れているのが見えた。
 次郎坊は手に火球を造り出し、白い猿――猿神の分体へと投げつけた。
 命中するかに見えた火球は、猿神を護るかのように動いた岩蛇の胴体に遮られてしまった。


「――無念」


 これ以上、ここにいるのは無意味――そう悟った次郎坊は、多助のあとを追うように人里へと戻って行った。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

念のためですが……最後に出てきた岩の蛇は、別にイワークさんがモデルではありません。
水陸両用の生物で、そこそこ強そうな生物という意味合いだけです。水陸両用というと、ジ○ン
脅威のメカニズムを思い出すわけですが。蟹とかじゃ迫力がな……ということです。連邦の水陸両用に比べたら、ズゴ○クとかは格好いいと、MSの造型的な意味でジオ○ストな中の人は思う訳です。

第三回Fカップの作品もアップしています。そちらも宜しくお願い致します。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしく願いします!
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