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天狗の転生と言われて、何故か妖怪の世界を護ることになりました
四章-2
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嶺花さんの屋敷で、俺たちは朝食を食べた。
アズサさんの手料理だけどデザートは、ミカンとプリン。ちなみに、プリンは俺の手作りだ。このくらいは、俺にだって手伝える。カラメルまで作ってる余裕は無かったけど、代わりに蜂蜜が潤滑剤代わりだ。
プリンのカラメルって元々、そういう意味合いだったらしいし。
多助も「まあ、拙くはないな。ギリギリ及第点ってとこか」と言いながら、ちゃかりお代わりをしていた。まあ、気に入ってくれたとは思う。
朝食を食べてしばらくしてから、俺たち二人と五妖は〈穴〉に拠点を持つ鬼の住処へと出発した。そして斥候として、鎌鼬三兄弟が先行している。
ちなみに、二人というのは俺とアズサさん。五妖は墨染お姉ちゃんと多助、沙呼朗、それにいつもの次郎坊とタマモちゃんだ。
出立の前、俺は戦いの準備をしよう――と思ったけど、結局は朝食のミカンを持ってきただけだ。武具は持ってないし、なにを準備すればいいかなんて、ほかに思いつかなかったんだ。
徐々に細くなっていく街道は、森へと続いている。生い茂る木々の下に入ると、まだ昼前だというのに周囲は薄暗くなった。俺なんかは少し不安になるんだけど、アズサさんを始めとしたほかの面子は平常通りだ。墨染お姉ちゃんは森の中のほうが調子がいいのか、楽しげに周囲を見回している。
「歩きだと遠いわね。飛んで行けたら、早いのに」
文句みたいなことを言いながらも、墨染お姉ちゃんは、どこか上機嫌だ。その一方で、沙呼朗が憮然とした顔になった。
「飛ぶことは、できぬ。悪かったな」
「あら。ごめんなさいね。別に悪く言うつもりはなかったのよ? ただ、こんなに長いこと歩くのって、慣れなくて」
口元に手を添える墨染お姉ちゃんに、沙呼朗は複雑な顔をしていた。
聞くところによると、この中で飛べないのはタマモちゃんと沙呼朗だけみたいだ。アズサさんは霊符を使えばなんとか。墨染めお姉ちゃんは青龍、多助は朱雀の加護によって飛ぶことができるという。
次郎坊は神通力と翼の併用で飛べる……けど、俺は飛べる側に勘定していいのか、微妙なところだと思う。
途中で早めの昼ご飯――今朝の弁当だ――を食べてから、さらに一時間ほど歩くと、森の中に木材で作られた大きな門が現れた。門の周囲は岩が積み上げられ、さらに横に目をやると、侵入者を拒むように古びた壁が左右に広がっていた。
どうやら、昔になにかの建物があったみたいだ。
俺たちが曲がりくねった道を進み、門から十メートルほど手前まで来たとき、一本の矢が先頭を歩く多助の手前に飛んできた。
地面に突き刺さった矢に立ち止まると、門の上から青い顔で一本角の鬼が顔を出した。
「ここは何人たりとも通すことは出来ぬ! 立ち去れば良し、そうでなければ、我らの晩飯となると心しろ!!」
鬼の怒声を聞いて、俺は一歩だけ身体を引いた。
「ま、待ち伏せ――とか?」
「かもな。おまえらがここに来るのは、わかってたしな。待ち構えていたって、不思議じゃあねぇさ」
多助はふんっと鼻を鳴らすと、火気を纏った。その熱気に触れただけで、矢の矢羽根が燃えだした。
「我が名は、ナマハゲと称される妖怪、多助っ! この先に用がある――邪魔立てするなら、我ら力尽くでも押し通る!!」
多助が名乗りをあげると、青鬼が狼狽えた。
「か、火鬼の裏切りだ! 水鬼や木鬼もいるぞぉ!!」
大声をあげながら引っ込むと、門の向こう側でザワザワとした物音や声がし始めた。
満足げに腕を組む多助に、俺は恐る恐る訊いてみた。
「あの……さ。こういうのって、忍び込んで〈穴〉へ直行するもんじゃないの?」
「なんでだよ。せっかくの祭り、そんな勿体ないことできねぇだろ?」
戦いを祭りと比喩した多助は、俺にニヤッとした口元を歪ませた。
「それに、どうせ〈穴〉には土鬼の野郎がいるんだ。鬼を呼ばれて仕舞いさ。土鬼は強敵だぜ? 土鬼と金鬼、それにほかの鬼どもを同時に相手する度胸はねぇな」
「そういうが搦め手がイヤ、ヤなだけだろう?」
皮肉混じりな沙呼朗の苦笑に、多助は腰から包丁を抜きながら、笑みを返した。
「あなたたち――無駄話はそこまでにしなさいな。来るわよ?」
いつの間に手にしていたのか、墨染お姉ちゃんは両手の桜の枝を身体の前で交差させた。
元三鬼のやりとりに呆れているのか、次郎坊は無言で錫杖を構え、タマモちゃんはちゃかりアズサさんの背後に廻っていた。
アズサさんは霊符で作った金属バットを構えつつ、新たなに生み出した霊符を左手で掴んだ。
そうしているあいだに、門が開いた。
二〇を超える鬼たちが、開かれた門から出てきた。それぞれ手に、古びた刀や木の棍棒を持っていた。
「……金鬼はいねぇな」
「や、ヤツのことだ。一番後ろで大将気取りだろう」
「……違いねぇ。いくぜ?」
多助と沙呼朗が、先陣を切って鬼の群れに突っ込んでいく。次郎坊は宙を舞いながら、神通力で鬼たちを昏倒させている。
「堅護さん。あちきたちは、多助たちのあとから行きましょ。そちらの方々も、御一緒にどうぞ」
「あ、はい。ありがとうございます。出来る限り、霊符で援護させていただきます」
タマモちゃんを連れたアズサさんと一緒に、俺と墨染お姉ちゃんは前衛である多助たちに続いた。
多助や沙呼朗は流石の強さだったけど、多数に無勢。次郎坊の援護があるとはいえ、次第に劣勢になっていった。
そこへ、墨染お姉ちゃんが桜の枝を一振りした。
地中から無数に伸びた赤い葉っぱの蔦植物が、鬼たちを襲った。前に木鬼だったときに使った麻痺毒のある蔦らしく、絡みつかれた鬼たちは身体の自由を奪われていった。
鬼たちが半数ほどになったとき、門のほうから苛立たしげな唸り声が聞こえてきた。
「てめえらには、任せておけねぇ! どけどけぇっ!!」
背中にハリネズミのような無数のトゲを持つ、猪人間といった風体の妖だ。
「――金鬼」
墨染お姉ちゃんの呟きで、俺やアズサさんは、あの猪が金鬼だとわかった。
「それじゃあ、あの妖の呪いを解けばいいんだね」
「ええ。だけれど、堅護さん――金鬼は強いですからね。お気を付けて。あちきが囮になりますから、その隙に――」
「駄目です」
前に出ようとした墨染お姉ちゃんを、アズサさんが止めた。
「その役は、あたしとタマモちゃんが。墨染さんは、多助さんたちを含めた、多方面の援護をお願いします。金剋木――ただでさえ木気の加護を得た墨染さんは、金鬼とは相性最悪ですから。相性のいい多助さんは、ほかの鬼の相手で手一杯ですし」
その言葉に、墨染お姉ちゃんは躊躇いながら頷いた。
今の言葉から察するに、金鬼は火と相性が悪いのか……。俺は神通力で炎を生み出す練習をもっとすれば良かったと、後悔していた。
まだ少し、炎の神通力は怖い。
俺が悩んでいる間に、アズサさんとタマモちゃんが、小走りに金鬼へと向かっていた。
俺も遅れて、二人に続いた。
「なんだ、女が相手か! 雑魚じゃねぇか――欠伸どころか、ぶち殺してもなんの感情も沸きそうにねぇなっ!!」
金鬼は嘲るように嗤いながら、身体を傾けてアズサさんとタマモちゃんへとトゲを放った。
トゲを霊符で防ぐアズサさんの背後から、タマモちゃんが飛びだした。
「好きにはさせないんだな! だな!」
タマモちゃんの尻尾が、金鬼に襲いかかる。だけど、九本もある尻尾のすべてが、三分の二ほどの長さを残して切断されてしまった。
「きゃあっ!! あっ!!」
尻尾から血を流しながら、タマモちゃんが地面に落ちた。
それを見た瞬間、俺の中から迷いが消えた。
――やってやる!
俺は作業着のポケットからライターを取り出すと、おもむろに火を点けた。
「はっは――っ! 来るか人間!!」
金鬼が両手を広げて、俺を見た――その高笑いを、今すぐに消してやる。
ライターの火を前に出すと、俺は意識を集中させた。
「神通力――火炎放射」
俺が息を吹くと、金鬼へと向けてライターから業火が吹き出した。
炎に全身を焼かれて金鬼の顔から、笑みが消えていた。焦げた体毛は焦げて黒くなり、鼻の奥も焼けたのか黒ずんだ煙が見えていた。
「この野郎――ただじゃおかねぇ!」
金鬼は背中のトゲを両手で抜くと、俺に突っ込んできた。刀の代わりなのか、トゲで何度も斬りかかってきた。
正直、格闘戦は得意じゃない。
金鬼の攻撃を凌いでいたけど、それは俺の手柄じゃなかった。
アズサさんの霊符と、墨染お姉ちゃんの蔦のお陰だ。彼女たちのお陰で、なんとか死なずに済んでいる状態の俺は、作業着の太股にあるポケットからミカンと取り出した。
俺は金鬼に向けてミカンを投げながら、神通力を使った。
「神通力――ミカン砲っ!!」
俺の手から離れた瞬間に、ミカンは超加速した。時速で何十キロ出たのかはわからないけど、ミカンの一撃を額に受けた金鬼は、大きく仰け反った。
額から血を流しながら蹈鞴を踏む金鬼に、墨染お姉ちゃんとアズサさんがほぼ同時に動いた。
蔦で四肢を拘束、さらにアスサさんの霊符を身体に張られ、金鬼の身体は完全に自由を失っていた。
俺が走り始めるのを見て、金鬼が吼えた。
「糞がぁっ!!」
ほんの少し身体を捻った金鬼から、俺に六本のトゲが撃ち出された。まるで散弾のように、俺の全身にくまなく命中する軌道だ。
神通力――っ!!
沙呼朗や多助と訓練した、その甲斐があった。飛来するトゲを視認し、回避する。けど、やはり生兵法では限界がある。左肩と右の太股に、トゲが刺さった。
「くっ――そっ!!」
激痛と異物の侵入に、身体が悲鳴をあげた。倒れそうになったけど、まだ神通力は切れてない。
「飛べっ!!」
地面擦れずれを滑空するように、俺は金鬼と間合いを詰めた。
透視で視た身体の中で、例の呪いは腹の中でとぐろを巻いていた。俺は体当たりをするように、金鬼の腹に両手を付けた。
「神通力、鬼祓いっ!!」
金鬼の身体が、ドンッと震えた。
「ぐぼあっ!?」
金鬼の口が大きく開かれ、涎を撒き散らせながら呪いの本体が飛び出した。
「逃さないない」
タマモちゃんが、逃げようとする呪いを両手で捕まえた。そこへ、アズサさんのバットと、墨染お姉ちゃんの桜の枝が振り下ろされた。
犬みたいな頭部を刎ねられ、そして胴体を粉砕された呪いは、音もなく霧散していった。
「念のために、身体の自由を奪っておきますからね」
墨染お姉ちゃんは、金鬼に蔦の麻痺毒を与えてから、拘束を解いた。
回りを見渡すと、次郎坊や多助たちのほうも終わっていた。鬼たちは呻き声をあげながら動けないか、気絶させられていた。
だけど楽勝ではなかったのか、多助や沙呼朗だけでなく、次郎坊も満身創痍といった風体だ。
地面に横たわった金鬼は、空を見上げた。
「……くそ。一対四は卑怯だろ」
「それでも、こちらが不利だったと思うのよ? でもそうね。卑怯だったのは認めてあげる」
墨染お姉ちゃんが微笑むと、金鬼は視線を逸らした。
「てめえらの軍門には下らねぇ。殺せよ」
「あら、物騒なこと言うのね。もう鬼ではないでしょうに」
「鬼ではなくなったが、俺はてめえらとは違う。土鬼様には、恩義があったんだ。弱っちい俺を拾って、ここまで強くして下さったのさ。だから金気の加護を得て、白虎の力を得た俺を鬼にするって言われたときは、嬉しかった」
静かに目を閉じた金鬼に、誰もなにも言えなかった。
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