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天狗の転生と言われて、何故か妖怪の世界を護ることになりました

三章-3

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   3

 土鬼の命令で、水鬼は人里の上空を旋回していた。
 木鬼を斃したらしい強者を見極めるためだが、人里を見回していても、強い力は感じなかった。
 龍に似た頭部をめまぐるしく動かすが、鬼に対抗できそうな妖や人間は見つからない。
 水鬼は視線を町の西へと向けた。山女が住むという屋敷から、強い妖気を感じる。


(これは、や、山女の妖気か。ほかの妖怪はおらぬのか?)


 山女の気配は、木鬼が消えた場所では感じなかった。水鬼が一度戻ろうと町から離れたとき、森の奥から強い妖気――いや、神通力を感じた。


(まさか――っ!?)


 水鬼が目を凝らすと森の中に鬼気が一つ。そして、鬼気と戦っているであろう三つの神通力と、一つの妖力が視えた。
 鬼気が火鬼であることは、明白だった。土鬼に門番のようなことを命じられ、鬼たちが集まる〈穴〉への道を護っているのだ。
 残る四つの気配は、きっと里か屋敷の妖だろう――と察した水鬼は、もう一度だけ人里の町を見回した。


(や、やはり、木鬼を斃すほどの妖怪はおらぬ――か。ならば)


 水鬼は向きを変えると、火鬼の元へと飛翔した。


(大丈夫だろうが、手助けはして、や、やらねば――これも腐れ縁だ)


 少なくとも百年以上は関わりのある火鬼を助けるべく、水鬼は出来る限り急いだ。

   *

 タマモちゃんの視線を追った俺は、空から青い鱗を持つ、蛇かワニに似た頭部を持つ人形の妖が迫って来てるのを目撃した。
 紺色の着流しのような服装だが、手足には鋭い爪があり、どういう構造なのか、後ろからは尻尾のようなものが生えていた。


「貴様たち! 火鬼に、なにをしたっ!?」


 少し、たどたどしい喋り方の妖だった。
 俺たちが呪いを解いた妖を火鬼と呼ぶ以上、あの妖が鬼なのは間違いなさそうだ。
 身体は疲れていたけど、俺は身構えた。あからさまに敵対してきている以上、戦いになるのは間違いない。
 倒れている火鬼へと、真っ直ぐに向かう鬼に対し、タマモちゃんは巨大化した九本の尻尾で迎え撃った。
 尻尾による打撃を体術だけでいなした鬼は、地面に着地すると俺たちを見回した。


「どう――や、やって倒したのかは知らぬが。貴様らは生かして帰さぬ」


 初見なのに、かなり怒っているようだ。姿勢を低くした鬼に対し、次郎坊が両手に構えた錫杖の先端を向けた。


「それがしは、木の葉天狗の次郎坊。お主は何者だ?」


「我は――水鬼。そこにいる火鬼の仲間にして、土鬼様に仕えるモノ」


 そう言うなり、水鬼は地面に手をついた。
 駆け出した次郎坊が二歩だけ進んで、動きを止めた。いきなり地面がぬかるみだし、足首まで地面に沈んでしまっていた。


「これは――っ!?」


 次郎坊が戸惑っているあいだに、あたりは雨も降っていないのに水浸しになっていた。 水鬼は身体の半分を地面に沈めながら、俺たちを睨んでいた。


「さて――誰から殺してや、やろう」


 水鬼が地面というか、水の中に沈んだ。
 次郎坊は翼を広げると、数メートルほど上へと飛び上がった。周囲を見回せば、アズサさんはすでに霊符によって身体を浮かせ、タマモちゃんは尻尾を操って木の枝にぶら下がっている。
 泥と混じった水の上にいるのは、いつのまにか俺一人になっていた。


「烏森殿、そこは危ない。はやく飛びなされ!!」


「そんなことを言われても、俺は翼がないし」


「なんのための神通力だっ!!」


 ほとんど喚くような声で、次郎坊は指示を出してきたけど……いや、だって。そんなことまで出来るとか、知らないし。考えつかないってば。
 神通力で空を飛ぶ――そんなイメージを浮かべてる最中、俺の左脚が地中から出てきた手に引っ張られた。
 一気に膝まで沈んだ俺は、気が動転して神通力どころじゃなくなった。
 このままじゃ完全に沈められ、溺死させられる。
 その恐怖に襲われた俺の胴体に、毛の塊が巻き付いた。


「しっかりするんだな、だな」


 毛の塊の正体は、タマモちゃんの尻尾だ。俺が沈まないよう、尻尾で身体を固定してくれた。
 俺が見上げると、タマモちゃんは焦れたように手招きした。


「早く飛ぶんだな、だな!」


「あ、ああ……ごめん」


 俺は次郎坊を一瞥してから、飛ぶイメージを頭に浮かべた。


「じ、神通力、飛行!」


 思いつきだけで叫んでみたが、身体は浮かなかった。それどころか、脚を引っ張る力が増して、上半身と下半身が引き千切れそうな激痛がし始めていた。
 ……くそ。俺にはあんな翼がないんだぞ。飛ぶとか、簡単に出来るか! 
 痛みから沸き上がった怒りを切っ掛けに、俺の集中力が増した。頭の中で、自分のものとは思えないほどの強烈なイメージが沸き上がってきた。


「神通力――黒翼の飛翔っ!!」


 この叫びに呼応したかのように、俺の背中から半透明の黒い翼が生えた。翼は羽ばたきはしなかったけど、俺の意志に従って身体が浮き上がり始めた。
 俺自身も驚いたけど、一番驚いたのは水鬼だったみたいだ。目を見広げた水鬼は、大口を開けて俺を見上げた。


「な――っ!!」


 声をあげる水鬼の顔面を、俺は右足で蹴り飛ばした。俺を殺そうとしたんだから、このくらいはしてもいいだろう。
 地面に落ちる水鬼の真下で、地面すれすれを滑空していたアズサさんが金属バットを構えた。


「ごーるど、ぶれいかあああああっ!!」


 一本足打法というんだっけ。片足を僅かに上げていたアズサさんは、金属バットを振りながら、上げていた左脚を力強く踏み込んだ。
 これが野球ボールなら、『カッキーンッ!!』っていう、いい音がしたかもしれない。それほどまでに、完璧な打球――もとい、水鬼の撃ち上げっぷりだった。


「タマモ殿、やつを木の上に!」


「あいあい」


 次郎坊にオッケーサインを出しながら、タマモちゃんは三本の尻尾を操って、水鬼を木の幹に押さえつけた。


「お、おのれ!!」


「木の枝ならば、水浸しにしたところで潜れまい」


 神通力なのか次郎坊が手を振ると、木の枝が水鬼の手首を拘束した。枝や尻尾から逃れようと藻掻く水鬼を注視しながら、次郎坊が俺に目配せをした。
 一瞬だけ迷ったけど多分、鬼の呪いを解けってことだと思う。俺は水鬼へ近寄ろうとしたけれど、空を飛ぶって感覚は、どうも慣れない。
 空を掻くように進む途中で、水鬼の尻尾が倍近く伸びた。尻尾の先端が俺に向けられると、地面から水柱が吹き上がってきた。


「うわ――っ!?」


 殺傷するだけの威力はないけど、俺は十数メートルは打ち上げられ、さらに数メートルほど水鬼から遠ざかってしまった。
 そのあいだに、水鬼は右手を拘束していた木の枝を引きちぎっていた。


「烏森殿、急げ! このままでは、すぐに左手の拘束も解き、タマモ殿の尻尾すら抜け出すぞっ!!」


「そんなこと言われたって!」


 俺も精一杯、急いでるんだけど!

 焦る心情とは裏腹に、相変わらず俺は、ふよふよとした速度しか出せなかった。そんな俺の目の前で、水鬼は左手首を絡めていた枝を引きちぎり、タマモちゃんの尻尾から抜け出そうとしていた。
 間に合わない――誰もがそう思った直後、周囲から蔦に似た植物が伸びて、水鬼の四肢に絡みついた。


「おやめなさい、水鬼」


 墨染お姉ちゃんが、太い木の幹の側に現れた。水鬼は「木鬼――」と驚いた声をあげたけど、すぐに怒りの形相となった。


「貴様――火鬼を見殺しにしおったなっ!? 裏切り者め!」


「あちきは束縛が解けたから、もう木鬼ではないの。小町桜の精霊――墨染よ」


「や、やかましい――っ!!」


 怒鳴る水鬼に、赤い影が跳躍していった。水鬼が束縛されている木の枝に着地したのは、火鬼だった。
 火鬼は小さく頷くと、水鬼の右腕を軽く叩いた。


「もういい。俺は調伏されてはおらん。おまえも、元に戻るといい。ミズチの沙呼朗」


「火鬼――ナマハゲ、多助よ……」


 多助を見た水鬼の身体から、力が抜けた。
 透視によって、水鬼の身体にある呪いの本体の位置を探り当てた俺は、今や完全に無抵抗となった水鬼の頭部に手を当てた。


「神通力――鬼祓」


 俺の神通力によって、水鬼の身体から呪いの犬もどきが這い出てきた。
 すぐに逃げだそうとした犬もどきだったけど、素早く飛びかかったタマモちゃんが、一飲みにしてしまった。


「……まずいんだな、だな」


「タマちゃん、大丈夫?」


 流石に心配になったのか、アズサさんがタマモちゃんに駆け寄った。
 しかし、タマモちゃんは平然と――いや、苦虫を噛みつぶしたような顔で、「甘い物が食べたい、たい」と、呑気に答えていた。
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