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エピローグ

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 「うん。これで、よしっ」

 古都里は広縁の雑巾掛けを終えると、額に
じわりと滲んだ汗を拭った。そうして腰に手
をあて、庭に咲く竜胆の花を見つめる。陽光
を浴びて白く光る花々は可憐で美しく、この
庭を眺めながら縁側で右京と過ごす時間が、
いまは一番の癒しのひとときとなっていた。

 亡き妻の思い出が詰まった部屋ということ
もあり、右京以外に立ち入る者が少なかった
この『開かずの間』の広縁は、築年の汚れが
降り積もり、少々縁甲板がくすんでいた。

 けれど二度、三度、と雑巾掛けをして綺麗
に磨けば、木は生き生きと温もりを取り戻し、
触れればさらりと心地よい。

 雷光のみたらし団子をここに持ち込んで、
皆で茶を啜るのも一興だろう。そんなことを
思いつつ部屋に入ると、古都里は徐に和箪笥
の横にある木製の観音扉を開けた。

 色褪せた組紐を解き、そうっと扉を開けば
そこに一枚の姿絵が現れる。竜胆の咲く庭を
背景に微笑みを向ける、天音の自分。

 大和絵というものなのだろうか?
 岩絵の具を用いて描かれたらしいそれは、
まるで生きているかのように頬を緩めたり、
瞬きをしたり、再生した動画を繰り返し見て
いるようだった。




 自分が奥さんの生まれ変わりであることを
知ったあの日、深く長い口付けを交わした古
都里は照れ隠しのように、気になっていたこ
の扉のことを訊いたのだ。

 「あの扉の向こうには何が仕舞ってあるん
ですか?」

 そう問い掛けると、右京は肩を抱いたまま
で観音扉の前に向かい、それを見せてくれた。

 けれど、開け放たれた扉の向こうに現れた
自分に瓜二つの人物画を見た瞬間、古都里は
瞠目し言葉を失ってしまう。

 そこに描かれていたのは、純白色の小袿を
身に纏い、満たされた笑みを浮かべる貴婦人。

 それだけなら息を呑むこともなかったのだ
が、そこに描かれた自分はまるで時がそのま
ま切り取られたかのように呼吸をし、笑みを
浮かべ、背後に咲く花々は風に揺れ、その風
が絵を通してこちら側に立つ古都里の後れ毛
を揺らしていた。

 「こっ、これはいったい」

 驚きに目を見開いたまま右京を見上げれば、
彼は「思い出せぬか?」と、僅かに寂しげな
笑みを浮かべる。

 「この絵は全国各地を旅して歩く『あやか
し絵師』、宗雲そううんに描かせたものじゃ。筆を執る
彼の背後に儂も立っておったじゃろう?注文
が多くて煩いと、宗雲が顔を顰めておったわ」

 その話を聞き、再び絵に目を移せば、古い
古い記憶が甦ってくる。墨色の禅僧の衣装を
身に纏い、きっちりと風呂敷で巻かれた画材
を脇に置き、絵を描き始めたあやかしの絵師。
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