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第七章:燃ゆる想いを 箏のしらべに
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「えぇ、もちろん御一緒させていただきま
すよ。お邪魔じゃなければねぇ、村雨先生?」
うふふ、と、そんなことを言って右京を覗
くので、古都里はこの場をどう取り繕うかと
慌ててしまう。
けれど右京はまったく動じることなく、
「邪魔だなんてとんでもない。皆で舞台に
向かいましょう。ほら、狐月もおいで」
と笑みを返すと、和室を振り返って狐月を
呼んだ。そして入り口に四人が揃うと、右京
は徐に右手の拳を翳す。それを合図に向かい
合って四人で軽く拳を突き合わせれば、皆の
気持ちが一つになった。
「最高のラストをお客様に」
右京がそう口にすると、三人はそれぞれに
頷き、舞台に向かったのだった。
――眩い橙の光の中で静かに幕が上がる。
天狐の森のオリジナル曲である、『蒼穹の
ひばり』を聴こうと、多くの観客が耳を欹て
ている。
古都里はお辞儀を終えると緩く息を吐き、
真っ白な絃に左手の中指を添えた。そうして
爪輪で龍頭を叩く合図と共に絃を弾き始めた。
やや掠れた柔らかな箏の音が、耳に届く。
――ポロロロロン、テン、トン、ポロロロ♪
やがて古都里たちの音を追うように、第二
箏の右京が流れるような箏の音を奏で始める。
――チン、ツンテントンテントン~♪
右京の箏爪が絃の上を軽やかに滑る。
その音にリズムを刻むように延珠がシャン
と巫女鈴を鳴らし、狐月がポンと太鼓の音を
添えた。
そして風を擦るようなどこか懐かしい尺八
の音が主奏となり、壮麗なメロディーを物語
に変える。
どこまでも続く蒼穹を、一羽のひばりが飛
んでいる。桜色に染まる野山を眼下に、悠然
と空を舞う春告げ鳥。その光景が目に浮かべ
ば、飛炎の吹く尺八の音がひばりのさえずり
となって耳に響く。
春の到来を空高く告げながら優雅に舞うひ
ばりの姿は、やはり、亡き姉と重なって古都
里は熱く零れそうになる想いを必死に堪えた。
やがて『蒼穹のひばり』がクライマックス
を迎える。皆の呼吸と気持ちが一つになり、
壮大な音色がより一層迫力を増して観客達の
心を揺さぶった。
懐かしくも美しい音色が光に消えた瞬間、
辺りは束の間の静寂に包まれる。
――そうして降り注ぐ、万雷の拍手。
わぁ、と一斉に打ち鳴らされた拍手と共に
現実に引き戻された古都里は、万感の思いを
胸に客席の中の母を探した。
すぐに舞台にほど近い観客席の中心に座し
ている、母を見つける。
満面の笑みで拍手を送りながら自分を見つ
める母の姿。けれど、何げなくその隣に目を
移せば、空っぽのはずの座席に誰かが座って
いる。いったい誰だろうかと思いその人の顔
を見た瞬間、古都里は息を呑んだ。
――姉がいた。
いるはずのない姉、妃羽里が柔らかな笑み
を湛え、そこにいる。
人違いではなかった。
幻覚でも、ない。
この世を去ってしまった大好きな姉が、誰
よりも傍にいてくれたやさしい姉が、そこに
いた。
すよ。お邪魔じゃなければねぇ、村雨先生?」
うふふ、と、そんなことを言って右京を覗
くので、古都里はこの場をどう取り繕うかと
慌ててしまう。
けれど右京はまったく動じることなく、
「邪魔だなんてとんでもない。皆で舞台に
向かいましょう。ほら、狐月もおいで」
と笑みを返すと、和室を振り返って狐月を
呼んだ。そして入り口に四人が揃うと、右京
は徐に右手の拳を翳す。それを合図に向かい
合って四人で軽く拳を突き合わせれば、皆の
気持ちが一つになった。
「最高のラストをお客様に」
右京がそう口にすると、三人はそれぞれに
頷き、舞台に向かったのだった。
――眩い橙の光の中で静かに幕が上がる。
天狐の森のオリジナル曲である、『蒼穹の
ひばり』を聴こうと、多くの観客が耳を欹て
ている。
古都里はお辞儀を終えると緩く息を吐き、
真っ白な絃に左手の中指を添えた。そうして
爪輪で龍頭を叩く合図と共に絃を弾き始めた。
やや掠れた柔らかな箏の音が、耳に届く。
――ポロロロロン、テン、トン、ポロロロ♪
やがて古都里たちの音を追うように、第二
箏の右京が流れるような箏の音を奏で始める。
――チン、ツンテントンテントン~♪
右京の箏爪が絃の上を軽やかに滑る。
その音にリズムを刻むように延珠がシャン
と巫女鈴を鳴らし、狐月がポンと太鼓の音を
添えた。
そして風を擦るようなどこか懐かしい尺八
の音が主奏となり、壮麗なメロディーを物語
に変える。
どこまでも続く蒼穹を、一羽のひばりが飛
んでいる。桜色に染まる野山を眼下に、悠然
と空を舞う春告げ鳥。その光景が目に浮かべ
ば、飛炎の吹く尺八の音がひばりのさえずり
となって耳に響く。
春の到来を空高く告げながら優雅に舞うひ
ばりの姿は、やはり、亡き姉と重なって古都
里は熱く零れそうになる想いを必死に堪えた。
やがて『蒼穹のひばり』がクライマックス
を迎える。皆の呼吸と気持ちが一つになり、
壮大な音色がより一層迫力を増して観客達の
心を揺さぶった。
懐かしくも美しい音色が光に消えた瞬間、
辺りは束の間の静寂に包まれる。
――そうして降り注ぐ、万雷の拍手。
わぁ、と一斉に打ち鳴らされた拍手と共に
現実に引き戻された古都里は、万感の思いを
胸に客席の中の母を探した。
すぐに舞台にほど近い観客席の中心に座し
ている、母を見つける。
満面の笑みで拍手を送りながら自分を見つ
める母の姿。けれど、何げなくその隣に目を
移せば、空っぽのはずの座席に誰かが座って
いる。いったい誰だろうかと思いその人の顔
を見た瞬間、古都里は息を呑んだ。
――姉がいた。
いるはずのない姉、妃羽里が柔らかな笑み
を湛え、そこにいる。
人違いではなかった。
幻覚でも、ない。
この世を去ってしまった大好きな姉が、誰
よりも傍にいてくれたやさしい姉が、そこに
いた。
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