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第七章:燃ゆる想いを 箏のしらべに

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 「すみません。着崩れしないようにって、
延珠ちゃんがしっかりめに帯を結んでくれた
んですけど、ちょっと苦しくて」

 ぽん、と硬い肌触りの帯に触れて苦笑する。
 肌着、長襦袢、着物、帯を固定するだけで
五本も腰紐が使われており、さらに腰の括れ
を補正するタオルを挟んで帯をきつく締めら
れれば、身動きをするたびに肺が圧迫されて
息苦しい。

 「着物を着慣れないうちは苦しくて仕方な
いだろうね。僕が緩めてあげるから、こっち
へおいで」

 言って、右京が手招きをするので古都里は
入り口の襖の向こう、踏み込み部分に右京と
隠れるようにして立つ。

 「ちょっと失礼」と断りを入れ、着物と帯
の間に親指を差し込むと、右京はそれを左右
に動かして器用に帯を緩めてくれた。

 「どう?これで少しは緩んだと思うけど」

 目の前に立ち顔を覗く右京に、古都里は息
を吸い込んでみる。相変わらず締め付け感は
あるものの、ほんの少し帯が緩んだ気がした。

 「まだちょっと苦しいけど、これくらいは
しょうがないですよね?」

 「まあ多少苦しいのは仕方ないけど、帯枕
の紐を調節すれば……もう少し楽になるかな」

 そう言って帯揚げの下から帯枕の紐を引き
出し、右京が結び目を調節してくれる。

 至近距離に立つ右京の息が頬や前髪にかか
り、どきどきと早なってしまった鼓動のせい
でさらに息が苦しくなってしまったことは、
とても言えそうにない。

 「これでどうかな?」

 近すぎる右京を意識して俯いてしまった古
都里に、彼は他意のない笑みを向けてくれる。

 その右京に、着物のモデルのように両袖を
掴んで腰の辺りで広げると、古都里は少々大
袈裟に喜んで見せた。

 「あっ、なんか凄く呼吸が楽になりました。
これなら『蒼穹のひばり』も楽に弾けちゃい
そうです!」

 言ってくるりと回ると、右京は段差から古
都里が落ちないようにと、手を添えてくれる。

 「良かったね。じゃあそろそろ……」

 右京が言いかけた、その時だった。

 「まあまあ、仲がよろしいこと」

 突然、通路の方から冷やかすような声がし
て二人はそちらを向いた。

 見れば、黒留袖に身を包んだ老齢の女性が
眼鏡の向こうの目を細めている。手には上品
なリーフ柄の和装バッグを持っていて、中か
ら箏爪が入った錦織の巾着を取り出していた。

 「あっ、小見山さん。先生が迎えに来てく
れたんですよ。小見山さんも一緒に行きまし
ょう!」

 にこにこと、何かを言いたげに笑んでいる
彼女に、古都里は聞こえなかった体で声を掛
ける。

 彼女は『蒼穹のひばり』を弾くメンバーの
一人で、古都里と同じく第一箏の奏者だった。
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