上 下
101 / 122
第六章:思い初める

97

しおりを挟む
 そして自分ですら気付けなかった右京への
恋心を見透かしていたからこそ、延珠はあん
なにもつれない態度をとっていたのだと……
古都里はようやく理解することが出来た。

 けれど右京を好きだと自覚したばかりの心
に、どうにもならない現実がのしかかる。

 右京には愛してやまない妻がいるのだ。
 たとえ遠い昔に他界しているとしても彼女
の存在はこの世の誰よりも大きく、愛おしく。

 だから、朽ち果てた箏に付喪神が宿っても
尚、彼は宝物のようにあの部屋に留めている
のだろう。

 そのことを思えば、一弟子に過ぎない自分
が入り込む余地など微塵もないのだと、この
恋が叶うことは永遠にないのだと……悲しい
予感ばかりが古都里の胸を占領した。


――彼が『妖』で、自分が『人』である以前
の問題なのだ。


 「あんたなんかよりずっと、あたしの方が
好きなんだからね。右京さまを好きでいた時
間だって、あたしの方がずっと長いんだから」

 ライバルに宣言するかのように言い放った
延珠に、古都里は力なく頷く。

 好きでいてもどうにもならない苦しい恋を
胸に抱えながら、延珠は気が遠くなるほどの
長い年月を右京の傍で過ごしたのだ。

 決して彼の気持ちが自分に向くことはない
と知りながらその人を見つめ続ける日々は、
どんなにか辛かっただろう。

 古都里は延珠の苦しい想いと自分の叶わぬ
想いを胸に重ねると、息を吐くように言った。

 「誰かを好きになるって、こんなに苦しい
ことだったんだね。わたし、片想いすらした
ことなかったから知らなかった」

 言って、はは、と乾いた笑みを零した瞬間、
涙がぽろりと足元の敷石を濡らす。その染み
を見つめ「どうしよう、困ったなぁ」と呟け
ば、瞬く間に視界がぐにゃと歪んでしまった。

 「……ちょっ、ちょっと。何であんたまで
泣いてんのよ!」

 ついに大粒の涙を零しながら、ひっくひっ
くとしゃくりあげながら泣き出してしまった
古都里に、延珠が、ぎょっ、とする。

 「わかんない。けど悲しいんだもん。好き
なのにどうしていいかわかんなくて。わたし
も、延珠ちゃんも可哀そうで……悲しいよぅ」

 子どもがそうするように零れ落ちる涙を両
の指で拭いながら言うと、延珠の赤い目にも、
ぶわっ、っとまた涙が溢れ出してしまった。

 「やめてよもうっ。そんなこと言われたら
あたしまで泣きたくなるじゃないの!」

 そう言ったかと思うと、延珠も空を仰ぐよ
うにして、わんわん、と泣き出してしまう。

 「……延珠ちゃぁん」

 隣で泣く延珠に身を寄せるように古都里が
肩を抱くと、延珠も手を振り払うことなく古
都里の腕にしがみついた。

 そのまま青空の下、二人してどれほど泣い
ただろうか?

 社殿を守るように深々と生い茂る木々から
野鳥が飛び立つ音がしたかと思うと、不意に
背後から、ざり、と砂を擦るような音がした。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

アヤカシな彼の奇奇怪怪青春奇譚

槙村まき
キャラ文芸
 クラスメイトの不思議なイケメン、化野九十九。  彼の正体を、ある日、主人公の瀬田つららは知らされる。  「表側の世界」と「裏側の世界」。  「そこ」には、妖怪が住んでいるという。  自分勝手な嘘を吐いている座敷童。  怒りにまかせて暴れまわる犬神。  それから、何者にでも化けることができる狐。  妖怪と関わりながらも、真っ直ぐな瞳の輝きを曇らせないつららと、半妖の九十九。  ふたりが関わっていくにつれて、周りの人間も少しずつ変わっていく。  真っ直ぐな少女と、ミステリアスな少年のあやかし青春奇譚。  ここに、開幕。 一、座敷童の章 二、犬神憑きの章 間の話 三、狐の章 全27話です。 ※こちらの作品は「カクヨム」「ノベルデイズ」「小説家になろう」でも公開しています。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

あやかし神社へようお参りです。

三坂しほ
キャラ文芸
「もしかしたら、何か力になれるかも知れません」。 遠縁の松野三門からそう書かれた手紙が届き、とある理由でふさぎ込んでいた中学三年生の中堂麻は冬休みを彼の元で過ごすことに決める。 三門は「結守さん」と慕われている結守神社の神主で、麻は巫女として神社を手伝うことに。 しかしそこは、月が昇る時刻からは「裏のお社」と呼ばれ、妖たちが参拝に来る神社で……? 妖と人が繰り広げる、心温まる和風ファンタジー。 《他サイトにも掲載しております》

九十九物語

フドワーリ 野土香
キャラ文芸
佐々木百花は社会人2年目の24歳。恋人はなし。仕事に対する情熱もなし。お金もないのにハマってしまったのが、ホストクラブ。 すっかり気に入ってしまった担当――エイジといい気分で自分の誕生日を過ごした百花だったが、エイジがデートしている現場を目撃し撃沈。さらに勤め先の社長が逮捕。人生どん底に。 そんな時、夢で見た椿の木がある古民家にたどり着く。そこは誰でも気が済むまで語ることができる〈物語り屋〉。男女がややこしく絡んで縺れた恋愛話を物語ってきた。 〈物語り屋〉店主の美鈴は、美しくも妖しい掴みどころのない男。話して鬱憤を晴らすだけなら何時間でも何日でも話を聞き、報復を願う場合は相談者の大切な思い出の一日の記憶をもらい請け負っていた。 恋の縺れを解いてくれる? むしろぐちゃぐちゃにしちゃう? 今、美鈴と百花ふたりの運命が大きく動き出す――。

カクテルBAR記憶堂~あなたの嫌な記憶、お引き取りします~

柚木ゆず
キャラ文芸
 ――心の中から消してしまいたい、理不尽な辛い記憶はありませんか?――  どこかにある『カクテルBAR記憶堂』という名前の、不思議なお店。そこではパワハラやいじめなどの『嫌な記憶』を消してくれるそうです。  今宵もまた心に傷を抱えた人々が、どこからともなく届いた招待状に導かれて記憶堂を訪ねるのでした――

卑屈令嬢と甘い蜜月

永久保セツナ
キャラ文芸
【全31話(幕間3話あり)・完結まで毎日20:10更新】 葦原コノハ(旧姓:高天原コノハ)は、二言目には「ごめんなさい」が口癖の卑屈令嬢。 妹の悪意で顔に火傷を負い、家族からも「醜い」と冷遇されて生きてきた。 18歳になった誕生日、父親から結婚を強制される。 いわゆる政略結婚であり、しかもその相手は呪われた目――『魔眼』を持っている縁切りの神様だという。 会ってみるとその男、葦原ミコトは白髪で狐面をつけており、異様な雰囲気を持った人物だった。 実家から厄介払いされ、葦原家に嫁入りしたコノハ。 しかしその日から、夫にめちゃくちゃ自己肯定感を上げられる蜜月が始まるのであった――! 「私みたいな女と結婚する羽目になってごめんなさい……」 「私にとって貴女は何者にも代えがたい宝物です。結婚できて幸せです」 「はわ……」 卑屈令嬢が夫との幸せを掴むまでの和風シンデレラストーリー。 表紙絵:かわせかわを 様(@kawawowow)

~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、無実の罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました

深水えいな
キャラ文芸
国を統べる最高位の巫女、炎巫。その炎巫候補となりながら身に覚えのない罪で処刑された明琳は、死の淵で「お前が本物の炎巫だ。このままだと国が乱れる」と謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女として四度人生をやり直すもののうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは後宮で巻き起こる怪事件と女性と見まごうばかりの美貌の宦官、誠羽で――。

処理中です...