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第六章:思い初める
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人の手に掛かり親を失った二人が、それで
も人を恨むことなく共に過ごせているのは、
慈しみ深い彼のお陰なのではないかと思わず
にはいられない。
いつか、延珠は言ってくれたのだ。
チケットを渡したくても渡す親がいない人
もいるのだと。
あの時、どんな気持ちで自分の背中を押し
てくれたのだろうかと想像すれば、ふと痛ん
でしまう鼻先がある。延珠はきっと、強固な
振舞いのせいでそうは見えないけれど、内に
やさしい心根を持った女の子なのだろう。
そんなことを思っていた古都里の耳に呟く
ような延珠の声が届いた。
「……好きなの、右京さまが」
唐突に発せられた思いがけないひと言が、
古都里の無防備な心を突き抜ける。驚きに瞠
目したまま隣を向けば、溢れる想いを吐き出
すように、延珠が言葉を続ける。
「右京さまが大好きなの。ずっと、ずっと、
ずーっと前から大好きで一番近くにいるのに、
なのに、右京さまの心の中にはいつも大切な
人がいて振り向いてもくれない。姪っ子にな
んてなりたくないのに、大事な家族だなんて
言われてもちっとも嬉しくないのに右京さま
には絶対この想いは届かないの。だから悔し
くてあたしっ」
ぽろぽろと、大粒の涙が延珠の着物に灰色
の染みを作ってゆく。
右京に対する延珠の想いは紛れもなく恋心
で、そうと知った胸がどうしてか張り裂けん
ばかりに痛んで仕方ない。
どくどくと、胸を叩くように心臓が騒いで
いる。なぜこんなに動揺してしまうのか、そ
の理由がわからないまま古都里は延珠の横顔
を見つめた。
やがて、真っ赤な瞳が古都里に向けられる。
古都里は緊張からごくりと唾を呑み、延珠
の眼差しを受け止めた。
「好きなんでしょ、右京さまのこと」
「……えっ???」
「あんたも好きなんでしょって訊いてるの」
「わたしが、先生を……好き!?」
一見、的外れのようにも聞こえた延珠の問
い掛けは、けれど、確かな体温を持って古都
里の心を揺さぶった。
――右京が好き。
言われてみれば……どうしてそんな簡単な
想いに気付けなかったのか。
奥さんの存在を知って胸が痛んだのも、
右京を傍に感じる度に胸が高鳴るのも、
箏爪を無くしただけで泣きたくなってしま
ったのも、全部、全部、右京を恋しいと思う
気持ちがあるからではないか?
ついさっき、大丈夫と言いながら抱き締め
てくれた腕の強さを思い出せば、それだけで、
じんと胸の奥が疼き、頬が熱くなってしまう。
古都里は長い夢から覚めたように目を瞬く
と、擦れた声で言った。
「……好きかも。先生のこと」
口にした想いはあまりにシンプルで、途端
に延珠が口を引き結ぶ。
「……わたしも先生のこと、好きなんだと
思う」
その延珠に臆することなく想いを口にすれ
ば、盛大な溜息が古都里に吐きかけられた。
「やっぱりね。絶対好きになると思ってた」
じっとりと自分に向けられた眼差しはどこ
となく大人びていて、見た目は少女のように
見えても彼女の中身は十分過ぎるほど『大人』
なのだと、いまさら思い知らされてしまう。
も人を恨むことなく共に過ごせているのは、
慈しみ深い彼のお陰なのではないかと思わず
にはいられない。
いつか、延珠は言ってくれたのだ。
チケットを渡したくても渡す親がいない人
もいるのだと。
あの時、どんな気持ちで自分の背中を押し
てくれたのだろうかと想像すれば、ふと痛ん
でしまう鼻先がある。延珠はきっと、強固な
振舞いのせいでそうは見えないけれど、内に
やさしい心根を持った女の子なのだろう。
そんなことを思っていた古都里の耳に呟く
ような延珠の声が届いた。
「……好きなの、右京さまが」
唐突に発せられた思いがけないひと言が、
古都里の無防備な心を突き抜ける。驚きに瞠
目したまま隣を向けば、溢れる想いを吐き出
すように、延珠が言葉を続ける。
「右京さまが大好きなの。ずっと、ずっと、
ずーっと前から大好きで一番近くにいるのに、
なのに、右京さまの心の中にはいつも大切な
人がいて振り向いてもくれない。姪っ子にな
んてなりたくないのに、大事な家族だなんて
言われてもちっとも嬉しくないのに右京さま
には絶対この想いは届かないの。だから悔し
くてあたしっ」
ぽろぽろと、大粒の涙が延珠の着物に灰色
の染みを作ってゆく。
右京に対する延珠の想いは紛れもなく恋心
で、そうと知った胸がどうしてか張り裂けん
ばかりに痛んで仕方ない。
どくどくと、胸を叩くように心臓が騒いで
いる。なぜこんなに動揺してしまうのか、そ
の理由がわからないまま古都里は延珠の横顔
を見つめた。
やがて、真っ赤な瞳が古都里に向けられる。
古都里は緊張からごくりと唾を呑み、延珠
の眼差しを受け止めた。
「好きなんでしょ、右京さまのこと」
「……えっ???」
「あんたも好きなんでしょって訊いてるの」
「わたしが、先生を……好き!?」
一見、的外れのようにも聞こえた延珠の問
い掛けは、けれど、確かな体温を持って古都
里の心を揺さぶった。
――右京が好き。
言われてみれば……どうしてそんな簡単な
想いに気付けなかったのか。
奥さんの存在を知って胸が痛んだのも、
右京を傍に感じる度に胸が高鳴るのも、
箏爪を無くしただけで泣きたくなってしま
ったのも、全部、全部、右京を恋しいと思う
気持ちがあるからではないか?
ついさっき、大丈夫と言いながら抱き締め
てくれた腕の強さを思い出せば、それだけで、
じんと胸の奥が疼き、頬が熱くなってしまう。
古都里は長い夢から覚めたように目を瞬く
と、擦れた声で言った。
「……好きかも。先生のこと」
口にした想いはあまりにシンプルで、途端
に延珠が口を引き結ぶ。
「……わたしも先生のこと、好きなんだと
思う」
その延珠に臆することなく想いを口にすれ
ば、盛大な溜息が古都里に吐きかけられた。
「やっぱりね。絶対好きになると思ってた」
じっとりと自分に向けられた眼差しはどこ
となく大人びていて、見た目は少女のように
見えても彼女の中身は十分過ぎるほど『大人』
なのだと、いまさら思い知らされてしまう。
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