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第六章:思い初める

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 「きゃあっ!!!」

 古都里は驚きのあまり耳をつんざくような悲鳴
を上げ、身を翻してその場から離れる。

 まるで生きている猛獣のように体をくねら
せている箏は、バサバサと黄ばんだ箏糸をたてがみ
のように靡かせている。そしてあろうことか、
ぱかりと割れた龍舌りゅうぜつ部分には白い牙まで生え
ていて、血走った二つの眼が獲物を捕らえる
それのように古都里を睨みつけていた。


――箏の化け物だ。


 いまにも自分に飛び掛かろうとしている箏
を凝視し、古都里はじりじりと後退る。

 「はわわわわわ」

 恐怖に喉を震わせながら、小雨は足元で縮
こまっていた。

 この子を連れて逃げなければ。
 そして右京に助けを求めなければ。
 この化け物を外に逃がしたら、街が大変な
ことになってしまう。

 数秒のうちにそう思考を巡らせると、古都
里は腰を屈め、小雨を抱きかかえようとした。

 けれどその手が小雨に届く前に、恐怖から
パニックを起こした小雨が走り出してしまう。

 「大事おおごとじゃ!大事じゃ!一大事じゃ!」

 すねこすりのさがだろうか。

 混乱した小雨は、まるで逃げようとする古
都里を足止めするかのように、超高速でぐる
ぐると足元を回り始めた。

 「ちょっ、やだっ、待って、小雨君っ!!」

 目にも止まらぬ速さで脛を擦りながら回っ
ている小雨を捕まえられるはずもなく、バラ
ンスを崩した古都里はその場に尻もちをつい
てしまう。

 「いたっ!!」

 「ふぎっ!!」

 倒れた拍子に運悪く古都里の肘が脳天に
ヒットした小雨は、激痛で失神してしまった。

 くるくると目を回したままぐったりしてい
る小雨を抱き上げると、古都里は不気味な唸
り声を上げながらにじり寄ってくる箏を見据
える。

 「……グゥルルル」

 猛獣化した古い箏は、目の前の獲物に喰い
つかんばかりに、ダラダラと涎を垂れ流し目
をぎらつかせていた。

 「グゥアッ!!」

 そしてついに、いっそう大きな唸り声を上
げたかと思うと、箏はぱっくりと大きな口を
開けて古都里に飛び掛かってくる。


――もうダメだっ。


 瞬間、襲ってくる痛みを覚悟して目を瞑る
と、古都里は小雨を守ろうと腕に力を込めた。

 その時、まるで部屋の中に竜巻が発生した
かのような疾風が巻き起こり、飛び掛かろう
とした箏が吹き飛ばされてしまった。

 一瞬、何が起こったのか理解できずに薄目
を開いた古都里は、頭の上からしたその声に
じわと涙を滲ませた。

 「遅くなってすまんかったのぅ、古都里」

 「先生っ!!」

 弾かれたように声の主を見上げれば、妖狐
の姿をした右京がじっと箏を見据えている。

 その手には、つらつらと見知らぬ文字が記
された真新しい護符のようなもの。それを指
に挟むと、右京は二本の指を立てた両手を組
み合わせ、呪文のような言葉を口にし始めた。
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