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第六章:思い初める
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しおりを挟む「箏にカバーを掛けて用意することぐらい、
お安い御用なんですけど。でもあのお部屋は
『奥さま』の大事なお部屋だから、絶対に入
っちゃいけないって、狐月くんが……」
「へぇ、狐月がそんなことを?」
さも心外と言いたげな顔をした右京に古都
里は大きく頷く。
「それに何かはわからないんですけど……
近づいてはいけないような危ないものが置い
てあるとも言っていたので」
「危ないものなんて何もないよ。狐月は何
を勘違いしているんだろうね。古都里さんを
怯えさせるようなことを言って、困った子だ」
被せるように古都里の発言を否定すると、
右京はまた、すぅ、と目を細める。その笑み
に僅かな違和感を覚えたが、右京が何もない
と云うのなら信じないわけにはいかなかった。
「じゃあ、あのお部屋に入っても問題ない
んですね?先生がそう言うんだったら、すぐ
に取って来るので待っていてください」
「悪いけど。僕はお稽古部屋に忘れてきた
書類を取りに行ってくるから、お箏の方は君
に任せるよ」
はて、お稽古部屋に書類なんてあっただろ
うか?そんなことを頭の片隅で思いながらも、
古都里は去ってゆく右京の背中を見送る。
そして誰も居なくなった廊下を最奥まで進
むと、『開かずの間』の前に立ったのだった。
「……入っても、大丈夫なんだよね?」
障子の取っ手に手を掛け、古都里は独り言
ちる。この部屋を開けようとした時の狐月の
声が耳に甦り、古都里は思わず唾を呑んだ。
しん、と静まり返った廊下は昼だというの
に薄暗く、お化けでも出てきそうな不気味な
雰囲気を醸し出している。洗濯物を手にこの
障子を開けようとした時はそんな風に感じな
かったのに、人間の心理とは面白いものだ。
現実逃避のようにそんなことを思いながら、
古都里はするすると障子を開けた。
ひょっこりと首だけを忍ばせ、中を覗く。
十二畳ある和室は思ったより明るく、障子
越しに縁側の向こうから射し込む陽光と共に、
やや湿気た畳の匂いが鼻先に届いてくる。古
都里は、ほぅと胸を撫でおろし敷居を跨いだ。
右京の言っていた通り『開かずの間』は何
の変哲もない広い和室で、すぐに右奥の床の
間に立て掛けてある箏が目に入った。古都里
は部屋の中ほどまで進み、不意にピタリと足
を止める。持ってゆく箏は見つかったが、そ
れを入れるレザーカバーがどこにあるかわか
らないことに思い至った。
いったい、どこに仕舞ってあるのだろう?
古都里はぐるりと部屋を見渡す。
左奥に白木の古い洋服箪笥があるが、それ
以外は床の間の隣に天袋や地袋、違い棚が設
えてあるだけだった。
箪笥の引き出しを開けて見るしかないだろ
うか?そう思いながら箪笥に近づくと、ふと
その並びに壁に埋め込まれるような形の、木
製の観音扉があることに気付く。
壁と同色で気付かなかったが、よく見れば
色褪せた朱色の組紐で取っ手が結んであった。
「これは……開けない方がいいヤツだよね」
もしかしたら奥さんの大切な物が仕舞って
あるのかも知れない。組紐のフリンジ部分に
触れながら、古都里がそう呟いた時だった。
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