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第五章:人と妖と
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想像より遥かに大きい八咫烏の姿に唖然と
していると、不意に右京の掌が古都里の視界
を覆った。不思議に思って隣を見れば、右京
自身も目を庇うように手を翳し、薄目で飛炎
を見上げている。舞い上がった埃が目に入ら
ぬよう庇ってくれているのだと気付いた古都
里は、彼の指の隙間から飛炎を見やった。
すると、背後からドタドタと雷光が駆けて
きて、ダン、とベランダの柵を踏み台に飛び
上がる。瞬間、メリ、と柵が撓る音がしたが
雷光の巨体は地に落ちることなくしっかりと
飛炎の足を捉えた。雷光を足にぶら下げ飛炎
が大きく旋回したかと思うと、東の空へ向か
って風を切るように飛び始める。
――そのスピードは光のように速く。
瞬く間に遠ざかってゆく二人の姿に、古都
里は夢見心地のままぽつりと呟いた。
「飛炎さんと雷光さんの姿、人間に見つか
ってしまわないでしょうか?」
ふと頭を過った疑問を口にすると、視界を
覆っていた掌が去ってゆく。
「その心配は要らないよ。二人を見た瞬間
に地上の人間は『暗示』にかかるから、誰も
空を飛ぶ大ガラスと温羅を見るものはいない」
「……暗示」
言って、悠然と微笑む右京に古都里は目を
瞬く。見た目は人と変わらなくとも、彼らの
有する能力は神に近いのではないかと、内心
敬服してしまった。
「雷光さん、間に合うでしょうか?」
二人が消えた紫紺の空を見つめたまま問え
ば、ふ、と笑みを深める右京の気配がする。
「八咫烏の飛行速度は時速百七十キロを超
えるからね。駅まで直線で飛べるし、雷光さ
え振り落とされなければきっと間に合うよ」
「時速百七十キロ!高速を爆速する車より
早いですねっ」
飛炎の飛行速度に目を丸くすると、「だね」
と右京が白い歯を見せる。その横顔を見上げ
た古都里は、なぜか右京の言葉を思い起こし、
彼から目が離せなくなってしまった。
――失いながら生きてゆくのは人も妖も同じ。
さっき、右京はそう言った。
けれど果たして、本当にそうなのだろうか。
永遠ともいえる長い時を生き続ける、妖。
その彼らは人と出会えば出会うほどに、
大切な誰かを失い続けなければならないのだ。
そのことを、寂しいと思わないのだろうか。
もう失いたくないと、恐れないのだろうか。
――どうしてか、無性に訊いてみたい。
たとえ胸が痛んでも、大切な人を失ったま
まこの世を生きる彼の心を訊いてみたかった。
見つめ続ける古都里に、ゆっくりと右京が
視線を向ける。二人の視線が絡み合い、僅か
に右京が首を傾げる。
「……先生、ひとつ訊いてもいいですか?」
躊躇いながらも古都里が声を絞り出すと、
右京は答えるように口角を上げた。
していると、不意に右京の掌が古都里の視界
を覆った。不思議に思って隣を見れば、右京
自身も目を庇うように手を翳し、薄目で飛炎
を見上げている。舞い上がった埃が目に入ら
ぬよう庇ってくれているのだと気付いた古都
里は、彼の指の隙間から飛炎を見やった。
すると、背後からドタドタと雷光が駆けて
きて、ダン、とベランダの柵を踏み台に飛び
上がる。瞬間、メリ、と柵が撓る音がしたが
雷光の巨体は地に落ちることなくしっかりと
飛炎の足を捉えた。雷光を足にぶら下げ飛炎
が大きく旋回したかと思うと、東の空へ向か
って風を切るように飛び始める。
――そのスピードは光のように速く。
瞬く間に遠ざかってゆく二人の姿に、古都
里は夢見心地のままぽつりと呟いた。
「飛炎さんと雷光さんの姿、人間に見つか
ってしまわないでしょうか?」
ふと頭を過った疑問を口にすると、視界を
覆っていた掌が去ってゆく。
「その心配は要らないよ。二人を見た瞬間
に地上の人間は『暗示』にかかるから、誰も
空を飛ぶ大ガラスと温羅を見るものはいない」
「……暗示」
言って、悠然と微笑む右京に古都里は目を
瞬く。見た目は人と変わらなくとも、彼らの
有する能力は神に近いのではないかと、内心
敬服してしまった。
「雷光さん、間に合うでしょうか?」
二人が消えた紫紺の空を見つめたまま問え
ば、ふ、と笑みを深める右京の気配がする。
「八咫烏の飛行速度は時速百七十キロを超
えるからね。駅まで直線で飛べるし、雷光さ
え振り落とされなければきっと間に合うよ」
「時速百七十キロ!高速を爆速する車より
早いですねっ」
飛炎の飛行速度に目を丸くすると、「だね」
と右京が白い歯を見せる。その横顔を見上げ
た古都里は、なぜか右京の言葉を思い起こし、
彼から目が離せなくなってしまった。
――失いながら生きてゆくのは人も妖も同じ。
さっき、右京はそう言った。
けれど果たして、本当にそうなのだろうか。
永遠ともいえる長い時を生き続ける、妖。
その彼らは人と出会えば出会うほどに、
大切な誰かを失い続けなければならないのだ。
そのことを、寂しいと思わないのだろうか。
もう失いたくないと、恐れないのだろうか。
――どうしてか、無性に訊いてみたい。
たとえ胸が痛んでも、大切な人を失ったま
まこの世を生きる彼の心を訊いてみたかった。
見つめ続ける古都里に、ゆっくりと右京が
視線を向ける。二人の視線が絡み合い、僅か
に右京が首を傾げる。
「……先生、ひとつ訊いてもいいですか?」
躊躇いながらも古都里が声を絞り出すと、
右京は答えるように口角を上げた。
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