上 下
80 / 122
第五章:人と妖と

76

しおりを挟む
 「どうして二人の恋が実を結ばないのかと
いうことですが……その理由は一つしかあり
ません。雷光が妖であり、彼女が人間だから
です」

 その答えは、言われてみれば至極当然のこ
とのように思えて古都里は口を噤んでしまう。

 人と妖が共存することを望みながらも容易
に自分たちの正体を明かすことは出来ないと
言っていた、右京。けれど正体を知らされた
自分はその記憶を葬られることなく、いまも
彼らと共に過ごしている。そのことを思えば、
異類という壁はそれほど高くはないように思
えるけれど。

 「かほるさんは、雷光さんの正体を知って
も受け入れてくれると思いますけど。それで
もダメなんでしょうか?」


――二人には幸せになって欲しい。


 その想いと共に浮かんでくるのは、なぜか
右京の顔で。古都里は脳裏に浮かんだ右京の
顔から、慌てて目を逸らしてしまう。

 飛炎は腕を組むと、静かに首を横に振った。
 その仕草に言いようのない不安を感じて、
古都里は唾を呑んだ。

 「彼女に正体を明かすことは、実はそれほ
ど大きな問題ではありません。おそらく雷光
が温羅であることを知っても彼女は他言する
ことなく、彼との恋を貫くでしょうから」

 「じゃあどうして?」

 「問題は我々の正体ではなく、人と妖が
同じ時を生きられないということにあります」

 「……それって、どういう意味ですか?」

 同じ『時』を生きられないというその言葉
の意味がわからず、古都里はきょとんとする。

 飛炎はその古都里に目を伏せると、細く息
を吐き出した。

 「我々にとって、人の命はあまりにも短過
ぎるのですよ。人にとって一日という時間が、
妖であるわたしたちにとっては一年以上もの
長い時となる。だから、たかだか八十年しか
この世に在れない人の命など、妖にとっては
一瞬の瞬きに過ぎない。人の世が血に染まり、
涙に濡れても、わたしたちの命は潰えること
なく、延々と続いてゆくんです」


――ガン、と頭を殴られたような気がした。


 人と妖が同じ時を生きられないという事実
を理解した胸が、きりりと痛みを訴える。

 どうして雷光が『温羅』だと聞かされた時
に、気付かなかったのだろうか?語り継がれ
る温羅伝説は、千三百年以上も前の出来事だ。

 しかも、伝承の通りなら雷光は温羅討伐の
際に、左目を矢で射抜かれ、首を刎ねられて
いる。もしかしたら人にとって致命傷となる
傷でさえ、妖にとっては大疵おおきず程度のことなの
かも知れない。

 二階から聴こえてくる優美な箏の音を遠く
に感じながら、古都里は一点に目を据えた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、無実の罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました

深水えいな
キャラ文芸
国を統べる最高位の巫女、炎巫。その炎巫候補となりながら身に覚えのない罪で処刑された明琳は、死の淵で「お前が本物の炎巫だ。このままだと国が乱れる」と謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女として四度人生をやり直すもののうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは後宮で巻き起こる怪事件と女性と見まごうばかりの美貌の宦官、誠羽で――。

【完結】人形と皇子

かずえ
BL
ずっと戦争状態にあった帝国と皇国の最後の戦いの日、帝国の戦闘人形が一体、重症を負って皇国の皇子に拾われた。 戦うことしか教えられていなかった戦闘人形が、人としての名前を貰い、人として扱われて、皇子と幸せに暮らすお話。   性表現がある話には * マークを付けています。苦手な方は飛ばしてください。 第11回BL小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。

穢れなき禽獣は魔都に憩う

クイン舎
キャラ文芸
1920年代の初め、慈惇(じじゅん)天皇のお膝元、帝都東京では謎の失踪事件・狂鴉(きょうあ)病事件が不穏な影を落としていた。 郷里の尋常小学校で代用教員をしていた小鳥遊柊萍(たかなししゅうへい)は、ひょんなことから大日本帝国大学の著名な鳥類学者、御子柴(みこしば)教授の誘いを受け上京することに。 そこで柊萍は『冬月帝国』とも称される冬月財閥の令息、冬月蘇芳(ふゆつきすおう)と出会う。 傲岸不遜な蘇芳に振り回されながら、やがて柊萍は蘇芳と共に謎の事件に巻き込まれていく──。

あやかし神社へようお参りです。

三坂しほ
キャラ文芸
「もしかしたら、何か力になれるかも知れません」。 遠縁の松野三門からそう書かれた手紙が届き、とある理由でふさぎ込んでいた中学三年生の中堂麻は冬休みを彼の元で過ごすことに決める。 三門は「結守さん」と慕われている結守神社の神主で、麻は巫女として神社を手伝うことに。 しかしそこは、月が昇る時刻からは「裏のお社」と呼ばれ、妖たちが参拝に来る神社で……? 妖と人が繰り広げる、心温まる和風ファンタジー。 《他サイトにも掲載しております》

アヤカシな彼の奇奇怪怪青春奇譚

槙村まき
キャラ文芸
 クラスメイトの不思議なイケメン、化野九十九。  彼の正体を、ある日、主人公の瀬田つららは知らされる。  「表側の世界」と「裏側の世界」。  「そこ」には、妖怪が住んでいるという。  自分勝手な嘘を吐いている座敷童。  怒りにまかせて暴れまわる犬神。  それから、何者にでも化けることができる狐。  妖怪と関わりながらも、真っ直ぐな瞳の輝きを曇らせないつららと、半妖の九十九。  ふたりが関わっていくにつれて、周りの人間も少しずつ変わっていく。  真っ直ぐな少女と、ミステリアスな少年のあやかし青春奇譚。  ここに、開幕。 一、座敷童の章 二、犬神憑きの章 間の話 三、狐の章 全27話です。 ※こちらの作品は「カクヨム」「ノベルデイズ」「小説家になろう」でも公開しています。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

カクテルBAR記憶堂~あなたの嫌な記憶、お引き取りします~

柚木ゆず
キャラ文芸
 ――心の中から消してしまいたい、理不尽な辛い記憶はありませんか?――  どこかにある『カクテルBAR記憶堂』という名前の、不思議なお店。そこではパワハラやいじめなどの『嫌な記憶』を消してくれるそうです。  今宵もまた心に傷を抱えた人々が、どこからともなく届いた招待状に導かれて記憶堂を訪ねるのでした――

九十九物語

フドワーリ 野土香
キャラ文芸
佐々木百花は社会人2年目の24歳。恋人はなし。仕事に対する情熱もなし。お金もないのにハマってしまったのが、ホストクラブ。 すっかり気に入ってしまった担当――エイジといい気分で自分の誕生日を過ごした百花だったが、エイジがデートしている現場を目撃し撃沈。さらに勤め先の社長が逮捕。人生どん底に。 そんな時、夢で見た椿の木がある古民家にたどり着く。そこは誰でも気が済むまで語ることができる〈物語り屋〉。男女がややこしく絡んで縺れた恋愛話を物語ってきた。 〈物語り屋〉店主の美鈴は、美しくも妖しい掴みどころのない男。話して鬱憤を晴らすだけなら何時間でも何日でも話を聞き、報復を願う場合は相談者の大切な思い出の一日の記憶をもらい請け負っていた。 恋の縺れを解いてくれる? むしろぐちゃぐちゃにしちゃう? 今、美鈴と百花ふたりの運命が大きく動き出す――。

処理中です...