77 / 122
第五章:人と妖と
73
しおりを挟む
右京を先頭に十三絃が三面、雷光の十七絃
が一面、そこに飛炎の尺八と延珠の三味線が
入る。元々は尺八曲だったものを政島検校が
胡弓曲に移し、さらに藤永検校が三味線曲に
編曲した『八千代獅子』は、地歌の祝い曲と
して長く親しまれている。
本番さながらに右京が、シャン、とお辞儀
の合図を小さく鳴らすと皆が揃えて頭を下げ、
演奏が始まった。
いつまでも、かはらぬ御代にあひたけの♪
――箏、尺八、三味線。
それぞれに呼吸を合わせながら、歌を歌い
ながら、厳かに音色を奏でる。右京と二人で
練習をしているいつもと違い、大勢の視線の
中で箏を弾くのはとても緊張した。
雷光の弾く十七絃は絃が太い低音楽器で、
その重厚で迫力のある音色が部屋に響き渡る。
そして尺八の風を擦るような、柔らかな音。
三味線のキレのある、小気味よい音。
それらを調和するように十三絃の箏が伸び
やかな音色を奏でた。
約七分の演奏を終え、右京の合図と共に頭
を下げると細やかな拍手が打ち鳴らされる。
ふっ、と緊張が解け、胸に手をあてている
と先頭で弾いていた右京が振り返り、やんわ
りと笑みを向けた。
「音が走ることなく、ゆったり弾けていま
したね。声もよく出ていたし、皆の気持ちも
ひとつになっていたかな」
その言葉に一同がほっとした表情を見せる。
今日は一日のうちに全曲の手合わせをしな
ければならないから、右京から及第点が貰え
たなら、この曲の手合わせはこれでお終いだ。
「ありがとうございました」
古都里は他のお弟子さんと共に頭を下げる
と、外した箏爪をケースに戻し、それをオー
バーオールの尻のポケットに仕舞った。
そして慌ただしい空気に押し流されるよう
に、次の曲の準備を始めたのだった。
――滞りなく練習が進んでいた、夕刻。
玄関に膝間づき、上がり框に手を掛けて靴
を揃えていると、カラカラと格子戸が開いた。
「こんにちは、古都里ちゃん」
その声に顔を上げれば、紙袋を手にかほる
が立っている。ぎゅうぎゅうに敷き詰められ
た靴たちの向こうで含羞んでいるかほるに目
を輝かせると、古都里は声を弾ませた。
「お久しぶりです、清水さん!お元気でし
たか?あっ、ちょっと待ってくださいね。
いま、靴を脱ぐスペース作りますから」
言って、玄関に敷き詰められた靴を寄せて
ゆく。三十人以上ものお弟子さんたちが集ま
れば、いくら玄関が広くとも靴は溢れ返り、
文字通り足の踏み場もない。
その様子を見て、ふふ、と笑みを零すと、
かほるは寂しげに言った。
が一面、そこに飛炎の尺八と延珠の三味線が
入る。元々は尺八曲だったものを政島検校が
胡弓曲に移し、さらに藤永検校が三味線曲に
編曲した『八千代獅子』は、地歌の祝い曲と
して長く親しまれている。
本番さながらに右京が、シャン、とお辞儀
の合図を小さく鳴らすと皆が揃えて頭を下げ、
演奏が始まった。
いつまでも、かはらぬ御代にあひたけの♪
――箏、尺八、三味線。
それぞれに呼吸を合わせながら、歌を歌い
ながら、厳かに音色を奏でる。右京と二人で
練習をしているいつもと違い、大勢の視線の
中で箏を弾くのはとても緊張した。
雷光の弾く十七絃は絃が太い低音楽器で、
その重厚で迫力のある音色が部屋に響き渡る。
そして尺八の風を擦るような、柔らかな音。
三味線のキレのある、小気味よい音。
それらを調和するように十三絃の箏が伸び
やかな音色を奏でた。
約七分の演奏を終え、右京の合図と共に頭
を下げると細やかな拍手が打ち鳴らされる。
ふっ、と緊張が解け、胸に手をあてている
と先頭で弾いていた右京が振り返り、やんわ
りと笑みを向けた。
「音が走ることなく、ゆったり弾けていま
したね。声もよく出ていたし、皆の気持ちも
ひとつになっていたかな」
その言葉に一同がほっとした表情を見せる。
今日は一日のうちに全曲の手合わせをしな
ければならないから、右京から及第点が貰え
たなら、この曲の手合わせはこれでお終いだ。
「ありがとうございました」
古都里は他のお弟子さんと共に頭を下げる
と、外した箏爪をケースに戻し、それをオー
バーオールの尻のポケットに仕舞った。
そして慌ただしい空気に押し流されるよう
に、次の曲の準備を始めたのだった。
――滞りなく練習が進んでいた、夕刻。
玄関に膝間づき、上がり框に手を掛けて靴
を揃えていると、カラカラと格子戸が開いた。
「こんにちは、古都里ちゃん」
その声に顔を上げれば、紙袋を手にかほる
が立っている。ぎゅうぎゅうに敷き詰められ
た靴たちの向こうで含羞んでいるかほるに目
を輝かせると、古都里は声を弾ませた。
「お久しぶりです、清水さん!お元気でし
たか?あっ、ちょっと待ってくださいね。
いま、靴を脱ぐスペース作りますから」
言って、玄関に敷き詰められた靴を寄せて
ゆく。三十人以上ものお弟子さんたちが集ま
れば、いくら玄関が広くとも靴は溢れ返り、
文字通り足の踏み場もない。
その様子を見て、ふふ、と笑みを零すと、
かほるは寂しげに言った。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
天乃ジャック先生は放課後あやかしポリス
純鈍
キャラ文芸
誰かの過去、または未来を見ることが出来る主人公、新海はクラスメイトにいじめられ、家には誰もいない独りぼっちの中学生。ある日、彼は登校中に誰かの未来を見る。その映像は、金髪碧眼の新しい教師が自分のクラスにやってくる、というものだった。実際に学校に行ってみると、本当にその教師がクラスにやってきて、彼は他人の心が見えるとクラス皆の前で言う。その教師の名は天乃ジャック、どうやら、この先生には教師以外の顔があるようで……?
異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~
戸森鈴子 tomori rinco
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。
そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。
そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。
あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。
自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。
エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。
お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!?
無自覚両片思いのほっこりBL。
前半~当て馬女の出現
後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話
予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。
サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。
アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。
完結保証!
このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。
※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。
後宮薬膳師の審美録~女官と怪しの調味料~
昼から山猫
キャラ文芸
王朝が誇る食文化の頂点とされる“後宮薬膳”。その調合を担う薬膳師・瑠々(るる)は、まだ若いながらも卓越した味覚と知識で后妃たちに愛されていた。しかし、ある日を境に薬膳に不可解な風味が混ざり始め、食した人が奇妙な悪夢に魘される事件が頻発する。瑠々は原因を突き止めようと動くが、厨房では怪しの調味料を見たという目撃情報が飛び交い、あやかしの気配が漂うとの噂まで立つ。暗躍する影の正体は、宮廷の内部に潜む意図なのか、それとも本当にあやかしの仕業なのか。華やかな料理の裏で渦巻く闇を暴くため、瑠々は官吏の協力を得て調味料の出所を探る。料理に宿る力が、後宮全体を揺さぶる陰謀を浮き彫りにしていく。
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
本編完結しました!
おまけをちょこちょこ更新しています。
第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
バツ印令嬢の癒し婚
澤谷弥(さわたに わたる)
キャラ文芸
鬼と対抗する霊力を持つ術師華族。
彼らは、その力を用いてこの国を鬼の手から守っている。
春那公爵家の娘、乃彩は高校3年であるにもかかわらず、離婚歴がすでに3回もあった。
また、彼女の力は『家族』にしか使えない。
そのため学校でも能なし令嬢と呼ばれ、肩身の狭い思いをしていた。
それに引き換え年子の妹、莉乃は将来を有望視される術師の卵。
乃彩と莉乃。姉妹なのに術師としての能力差は歴然としていた。
ある日、乃彩は学校の帰り道にとてつもなく強い呪いを受けている男性と出会う。
彼は日夏公爵家当主の遼真。このまま放っておけば、この男は近いうちに確実に死ぬ。
それに気づいた乃彩は「結婚してください」と遼真に迫っていた。
鬼から強い呪いをかけられ命を奪われつつある遼真(24歳)&『家族』にしか能力を使えない能なし令嬢と呼ばれる乃彩(高3、18歳)
この結婚は遼真を助けるため、いや術師華族を守るための結婚だったはずなのに――
「一生、側にいろ。俺にはおまえが必要だ」離婚前提の結婚から始まる現代風和風ファンタジー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる