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第四章:遣らずの雨

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 すると間もなく、右京の声に呼応するかの
ように部屋を照らしていた照明がチカチカと
点滅を始めた。その不可解な現象に瞠目して
いると、水盤に張られた水がゆらゆらと揺れ
始め、やがて空気中に漂う光の粒子を集める
ようにきらきらと輝き出したそれが、水面みなも
吸い込まれてゆく。


――その水面はまさに、光り輝く鏡のようで。


 古都里は幻想的な光景に、思わず息をする
のを忘れてしまった。

 「来た」

 囁くような右京の声にはっとして水盤を覗
き込むと、光の中にぼんやりと人の顔が映り
始めている。

 じっと目を凝らせば、ゆらゆらと輝く水鏡
の中に映り始めたのは良く知った懐かしい顔
で。その顔がもう二度と会えないと思ってい
た姉なのだと理解した瞬間、古都里の心臓は
大きく震え、全身の血が沸騰してしまった。

 「お姉ちゃんっ!!?」

 古都里は悲鳴に近い声を上げると、両手で
口を覆った。ぽたぽたと、指の間を涙が伝う。


――姉に会えたという、感動と驚愕。

――そして僅かな、恐怖心と猜疑心。


 それらが、心の中を掻き回して散らかして、
胸が破裂してしまいそうだった。

 「……お、お姉ちゃんだよね?本当に」

 それでも息を整えて問い掛ければ、水鏡の
中の姉が小さく頷く。自分の声に答えてくれ
たことで、目の前にいる姉が夢でも幻でもな
いのだと確信した古都里は、ずっと胸に留め
ていた想いを口にした。

 「ごめん、お姉ちゃん。本当に、ごめんね。
あの時、わたしが本気で止めてればこんなこ
とにならなかったのに。痛かったよね?苦し
かったよね?お姉ちゃんを守ってあげられな
かったのが悔しくて、悲しくて、わたし……」

 涙にしゃくり上げながら言えば、水盤の中
の姉の顔がくしゃりと歪む。その顔に胸が痛
んで言葉を探していると、耳の奥深くで姉の
声が聴こえた。


――ごめんね、古都里。


 頭の中に響くような声だった。
 その姉の声に息を止め、意識を集中すれば、
澄んだ姉の声が悲しみに揺れる。


――ごめんね。古都里のこと、信じてたのに、
こんな風に悲しませて。笑って、『ただいま』
って言って、安心させるつもりだったのに、
なのに、皆に辛い想いさせちゃって。


――笑って『ただいま』と言いたかった。


 ずっと、知り得なかった姉の想いが、胸に
突き刺さる。

 妹の言う死神に怯えながら、それでも母の
期待を胸に家を出て行った姉。元気に帰って
家族を、妹を、安心させるつもりだった姉は、
無残にもその願いを断ち切られ、どんなに辛
い想いをしたことだろう。

 古都里はただ、涙を流しながら首を振る。
 どうして、姉が泣かなければならないのか。
どうして、姉が謝らなければならないのか。
その理由を考えれば、そうさせているのが
この世に遺された自分たちなのだとわかって
しまう。古都里は唇を噛みしめ、涙を拭うと
もう一度大きく首を振った。
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