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第四章:遣らずの雨

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 「家に帰ったら、僕の部屋においで」

 「……へっ???」

 抱擁から解放された直後に意味深なことを
言われ、古都里は困惑する。右京は目をぱち
くりとしている古都里に微苦笑を浮かべると、
さらに驚くべきことを口にした。

 「お姉さんに会わせてあげる。だから、僕
の部屋においで」

 古都里は声を失ったまま、ただただ右京を
凝視したのだった。









 持ち帰った着物を延珠と二人で使っている
和室の隅に置くと、古都里は緊張した面持ち
で一階にある右京の部屋へ向かった。

 階段を下り、長い長い廊下を進んでゆく。
 あの時、開けてはダメだと狐月に止められ
た『開かずの間』の向かい側にある和室が右
京の部屋で、けれど障子の前に立てば部屋の
灯りは消えている。


――もしかして、いないのだろうか?


 古都里はそう思いながらも、控えめに声を
掛けた。

 「先生、わたしです。入っていいですか?」

 「どうぞ」

 返ってくる声はないかと思いきや、すぐに
右京の返事が聞こえ、古都里は障子を開ける。
 すると、和紙で拵えた置き型の照明だけが
ぼんやりと部屋を照らす中に、あやかし狐の
姿をした右京が佇んでいた。その姿に、一瞬、
息を呑むと、古都里は立ち竦んでしまう。

 妖狐の姿の右京を見るのはあの日以来で、
すっかり彼が自分と同じ人間だと錯覚してい
たことに気付いてしまう。

 白銀の髪に、白く美しい獣耳と四本の尾。
 妖艶な姿に束の間見惚れていると、右京が
手招きをした。

 「何をしておるのじゃ。始めるぞ」

 「は、はいっ」


――いったい何を始めるというのだろう?


 訳がわからないまま、古都里は部屋の真ん
中で胡坐をかいている右京の隣に、正座する。

 目の前には四角い水盤が置いてあり、花は
生けられていないが並々と水が張られている。
 古都里は黒い漆器の水盤を覗き込むと、小
首を傾げた。

 「先生、いったい何を始めるんですか?」

 すでにこの世にいない姉に会わせると言っ
た、右京。その意味を考えれば、何となく背
筋が寒くなってくる。窺うように顔を覗くと、
右京はバサと狩衣の袂を払い、口角を上げた。

 「儂は『御霊寄せ』を得意としておってな。
水鏡を用いてこれから死者の魂を呼び寄せる
のじゃ」

 「御霊寄せ?」

 「人の世では交霊、霊媒、口寄せなどと呼
ばれておるがな。儂は水鏡を媒体として死者
と直接話をすることが出来る」

 その言葉に古都里は目を見開く。
 この水盤がこの世とあの世を繋ぐ架け橋に
なるというのだ。映画やドラマで観たような
超常現象が目の前で起こるらしい。

 古都里は緊張に居住まいを正すと、宜しく
お願いします、と右京に頭を下げた。

 右京は頷くと、二本の指を口元に添える。
 そして静かに目を瞑り呪文のような、経文
のような謎めいた言葉を、ぼそぼそと唱え始
めた。
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