上 下
69 / 122
第四章:遣らずの雨

65

しおりを挟む

 「わたし、お母さんを泣かせちゃったんで
す。ずっと言っちゃいけない、訊いちゃいけ
ないと思って胸に留めてたのに、久しぶりに
お母さんの顔見たら、何か、気持ちが緩んじ
ゃって。全部、ぶちまけちゃいました」

 「………」

 俯きながら、訥々とそう話した古都里に、
右京は黙って頷く。二人の間を流れる沈黙が、
全部吐き出して構わないと言ってくれている
ように思えて、古都里は言葉を続ける。

 「あの時、わたしのことを信じてくれれば、
一緒にお姉ちゃんを止めてくれればってお母
さんを責めたんですけど、本当は違うんです。
お姉ちゃんの後ろに黒い死神が見えて、行か
せちゃダメだって思ったのに、もし、それが
わたしの勘違いで何も起こらなかったら一生
お姉ちゃんに恨まれちゃう。そう思ったら恐
くて、本気で止められなかったんです。だか
ら本当はわたしが悪いのに、自分を責めるお
母さんに罪を擦り付けてしまって……」

 そこまで言うと、古都里は足を止めた。
 いつの間にか温かな滴が頬を伝っていたけ
れど、振り返った右京を見つめた視界は歪ん
でいたけれど。胸が苦し過ぎて止まらない。

 「もしかしたらわたし、心のどこかでお姉
ちゃんがいなくなれば、って思ってたのかも。
いつもお母さんに褒められて、期待されて、
何でも一番で。そんなお姉ちゃんが羨ましい
って思ってたから、だから……」


――お姉ちゃんは、わたしのせいで死んだ。


 その言葉を口にしようとした瞬間、古都里
は右京に抱き竦められてしまった。唇に着物
の滑らかな感触が伝わって、古都里は右京の
腕の中にいるのだと理解する。

 「……先生???」

 突然のことに頭が真っ白になりながら声を
漏らすと、応えるように自分を抱きしめる腕
に力が込められる。古都里は、急激に騒ぎ始
めた心臓が口から飛び出してしまうのではと
怯えながら、右京の声を待った。

 やがて、低い声が鼓膜を震わせる。
 初めて聴くその声に、全身の肌が粟立つ。

 「それ以上馬鹿なことを言ったら、怒るよ」

 誰もいない歩道の真ん中で抱き締められた
まま、古都里は体を硬くした。けれどその声
とはうらはらに、温かな掌がやさしく肩を擦
ってくれるので、古都里は小さく息を漏らす。

 「お姉さんが亡くなったのは、誰のせいで
もない。なのに、自分が悪いと責め続けてし
まうのは、そうすることで心の正常を保てる
からなんだ。だけどそれじゃ、遺した者も、
遺された者も、誰も救われない。いつまで経
っても、苦しみから解放されることはない」

 そう言うと、右京はゆっくりと古都里の体
を離す。二人の間をひやりとした風が抜けて、
古都里は目の前の瞳を見上げた。

 その目に揺らぐのは怒りではなく慈しみで、
古都里は瞬間、安堵する。右京は両掌で古都
里の涙を拭うと、いつもの声で言った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

穢れなき禽獣は魔都に憩う

クイン舎
キャラ文芸
1920年代の初め、慈惇(じじゅん)天皇のお膝元、帝都東京では謎の失踪事件・狂鴉(きょうあ)病事件が不穏な影を落としていた。 郷里の尋常小学校で代用教員をしていた小鳥遊柊萍(たかなししゅうへい)は、ひょんなことから大日本帝国大学の著名な鳥類学者、御子柴(みこしば)教授の誘いを受け上京することに。 そこで柊萍は『冬月帝国』とも称される冬月財閥の令息、冬月蘇芳(ふゆつきすおう)と出会う。 傲岸不遜な蘇芳に振り回されながら、やがて柊萍は蘇芳と共に謎の事件に巻き込まれていく──。

転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)
ファンタジー
ある日、自分が異世界に転生した元日本人だと気付いた公爵令嬢のクリステア・エリスフィード。転生…?公爵令嬢…?魔法のある世界…?ラノベか!?!?混乱しつつも現実を受け入れた私。けれど…これには不満です!どこか物足りないゴッテゴテのフルコース!甘いだけのスイーツ!! もう飽き飽きですわ!!庶民の味、プリーズ! ファンタジーな異世界に転生した、前世は元OLの公爵令嬢が、周りを巻き込んで庶民の味を楽しむお話。 まったりのんびり、行き当たりばったり更新の予定です。ゆるりとお付き合いいただければ幸いです。

アヤカシな彼の奇奇怪怪青春奇譚

槙村まき
キャラ文芸
 クラスメイトの不思議なイケメン、化野九十九。  彼の正体を、ある日、主人公の瀬田つららは知らされる。  「表側の世界」と「裏側の世界」。  「そこ」には、妖怪が住んでいるという。  自分勝手な嘘を吐いている座敷童。  怒りにまかせて暴れまわる犬神。  それから、何者にでも化けることができる狐。  妖怪と関わりながらも、真っ直ぐな瞳の輝きを曇らせないつららと、半妖の九十九。  ふたりが関わっていくにつれて、周りの人間も少しずつ変わっていく。  真っ直ぐな少女と、ミステリアスな少年のあやかし青春奇譚。  ここに、開幕。 一、座敷童の章 二、犬神憑きの章 間の話 三、狐の章 全27話です。 ※こちらの作品は「カクヨム」「ノベルデイズ」「小説家になろう」でも公開しています。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

あやかし神社へようお参りです。

三坂しほ
キャラ文芸
「もしかしたら、何か力になれるかも知れません」。 遠縁の松野三門からそう書かれた手紙が届き、とある理由でふさぎ込んでいた中学三年生の中堂麻は冬休みを彼の元で過ごすことに決める。 三門は「結守さん」と慕われている結守神社の神主で、麻は巫女として神社を手伝うことに。 しかしそこは、月が昇る時刻からは「裏のお社」と呼ばれ、妖たちが参拝に来る神社で……? 妖と人が繰り広げる、心温まる和風ファンタジー。 《他サイトにも掲載しております》

九十九物語

フドワーリ 野土香
キャラ文芸
佐々木百花は社会人2年目の24歳。恋人はなし。仕事に対する情熱もなし。お金もないのにハマってしまったのが、ホストクラブ。 すっかり気に入ってしまった担当――エイジといい気分で自分の誕生日を過ごした百花だったが、エイジがデートしている現場を目撃し撃沈。さらに勤め先の社長が逮捕。人生どん底に。 そんな時、夢で見た椿の木がある古民家にたどり着く。そこは誰でも気が済むまで語ることができる〈物語り屋〉。男女がややこしく絡んで縺れた恋愛話を物語ってきた。 〈物語り屋〉店主の美鈴は、美しくも妖しい掴みどころのない男。話して鬱憤を晴らすだけなら何時間でも何日でも話を聞き、報復を願う場合は相談者の大切な思い出の一日の記憶をもらい請け負っていた。 恋の縺れを解いてくれる? むしろぐちゃぐちゃにしちゃう? 今、美鈴と百花ふたりの運命が大きく動き出す――。

カクテルBAR記憶堂~あなたの嫌な記憶、お引き取りします~

柚木ゆず
キャラ文芸
 ――心の中から消してしまいたい、理不尽な辛い記憶はありませんか?――  どこかにある『カクテルBAR記憶堂』という名前の、不思議なお店。そこではパワハラやいじめなどの『嫌な記憶』を消してくれるそうです。  今宵もまた心に傷を抱えた人々が、どこからともなく届いた招待状に導かれて記憶堂を訪ねるのでした――

処理中です...