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第四章:遣らずの雨
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しおりを挟む「何言ってるの。嬉しいときに笑わないで、
いつ笑うのよ。少し会わない間にあなたがず
いぶん明るくなったから、ちょっと驚いただ
け。あんな形で妃羽里を亡くしてしまってか
ら、古都里は一人で重いものを背負っている
ような顔をしていたでしょう?苦しんでるっ
てわかってるのに、お母さん、何も言ってあ
げられなくて。だから勝手かも知れないけど、
安心したわ」
二年の歳月を経て、ようやく胸に留めてい
た想いを吐き出した母は、やはり、まだ辛い
何かを抱えている顔で目を伏せる。その横顔
を覗くように見た古都里の胸には、言いよう
のない感情が渦を巻き始めていた。
母は自嘲の笑みを浮かべると、目を伏せた
ままで、ぽつり、ぽつりと言った。
「古都里は何にも悪くないのよ。妃羽里が
命を失くしてしまったのは、お母さんのせい
なの。だからもう、苦しまないで。あなたは
笑っていてちょうだい」
言って、顔を上げた母の鼻先は赤く染まっ
ていた。古都里はその顔を見、口を引き結ぶ。
胸の中で渦を巻き出した感情が、言葉たち
が、出口を探している。古都里は心を落ち着
かせるように息を吐き出すと、母を見つめた。
「ねぇ、どうしてあの時、信じてくれなか
ったの?もし、お母さんが信じてくれてたら、
一緒にお姉ちゃんを止めてくれたら、お姉ち
ゃん……いまも生きてたかも知れないのに」
言ってはいけないと、胸に閉じ込めていた
言葉は、母の心を抉ったようだった。けれど
口にしてしまえば、もう、止まらない。母の
目に涙が滲んでも、一度溢れてしまった心は、
抑えられない。
古都里は強い、強い、眼差しを母に向けた。
その眼差しを正面から受け止め、母は頷く。
「信じてたのよ、ずっと。古都里が見える
っていう、黒い人影のこと。あなたには普通
の人には見えない何かが見えるんだって……
お母さん信じてた」
「嘘っ、じゃあどうして」
「あなたが見えるというものを、お母さん
が肯定してしまったら、あなたは益々そうい
う世界にのめり込んでしまうでしょう?大抵
の人はね、そんなこと言ったって信じてくれ
ないの。『黒い影が見える』、『死神が見え
る』なんて言ったら、奇異の目に晒されるだ
けなの。皆から仲間外れにされてしまうのよ」
「だとしてもっ、信じてくれてたならどう
してお姉ちゃんを止めてくれなかったの?
あの時だけは信じて欲しかったのに。あの時
だけで、良かったのに!」
ぽたりと、握りしめた拳に涙が落ちる。
母も、目を真っ赤にして泣いている。
こんなことを言いに来たわけじゃないのに。
ただ着物を借りて、演奏会に来て欲しいと、
伝えたかっただけなのに。どうして自分は母
を責めて、こんな風に泣かせているのだろう?
――わからない。どうしてか、わからない。
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