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第四章:遣らずの雨

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 白檀の香りと共に白く淡い煙が部屋に漂い
始める。その香りに包まれる度に、姉を傍に
感じるようになったのはいつだったか。

 古都里はゆっくりと閉じた目を開けると、
写真の中の姉を見つめた。桃花色のシフォン
ワンピースに身を包み、色鮮やかな花束を手
に朗笑する姉。その隣には綺麗に髪を結い上
げ、黒留袖を着た母が誇らしげに目を細めて
いる。箏の発表会を終えた後に撮った、一枚
の写真。おそらくはこの写真が、姉を写した
最後の一枚なのだろう。もう二度と増えるこ
とのない姉の写真に胸を痛めながら、それで
も古都里は頬を緩めて言った。

 「お姉ちゃん。わたしね、演奏会に出るこ
とになったんだよ。しかも、着物を着てたく
さんのお客さんの前で弾くの。間違えないで
ちゃんと弾けるかな?実は凄く不安で、いま
から緊張してるんだ」

 返ってくる声はない。
 けれど満足げに笑みを深めると、記憶の中
の姉がやさしい眼差しを向けてくれる。

 古都里は写真の前に置かれた錦織りの巾着
に手を伸ばすと、そっと中身を取り出した。

 先の尖った山田流の箏爪が掌に転がる。
 練習に練習を重ね使い古した姉の箏爪は、
朱いエナメルの爪輪が少し剥げている。

 つるりと尖った爪先を人差し指でなぞると、
古都里は廊下を歩く母の足音に気づき、それ
を仏壇に戻した。

 「持ってきたわよ。着物に帯に草履。一式
持って帰るとなると嵩張るし結構重いけど、
一人で大丈夫なの?」

 平べったい桐の箱と大きな白い紙袋を古都
里の前に置く。桐の箱を開けて顔を覗き込ん
だ母親に、古都里はこくりと頷いた。

 「うん、大丈夫。自転車のカゴには絶対入
らないだろうなと思って、今日は歩いてきた
んだ。重いって言っても着物だもん。これく
らい持てるよ」

 「そう?ならいいけど。ずいぶん長い間仕
舞ったままだったけど……ほら、金彩友禅の
色留袖。古都里は肌が白いからやさしい色合
いの着物が似合うと思うわ」

 そう言って着物を覆っていた薄葉紙うすようしを、母
がめくってくれる。綺麗に畳まれた色留袖は
淡藤色で、生地に織り込まれた紗綾形の地紋
に梅や椿、桔梗の花々が流れるように散りば
められている。独特な華やかさがありながら
も上品な印象を与える上質な留袖だ。古都里
は着物を見た瞬間、「うわぁ」と声を漏ら
した。

 「凄く綺麗。わたし、こういう淡い紫色が
大好きなの。どうしよう。こんな素敵な着物
を着て演奏会に出られるなんて、幸せ過ぎる」

 満面の笑みで言うと、母が驚いたように目
を見開く。その母にはっと我に返った古都里
は、申し訳なさそうに肩を竦めた。

 「ごめんなさい。お姉ちゃんの仏壇の前で、
はしゃいだりして」

 ちらと写真の姉を横目で目て、項垂れる。
 すると母は小さく息を漏らし、一笑した。
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