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第四章:遣らずの雨

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 「別に、来るか来ないかわかんなくてもチ
ケットだけ『はい』って渡してくればいいじ
ゃない。あんたは親がいることを当たり前の
ように思ってるだろうけど、チケットを渡し
たくても、渡せる親がいない人だっているの
よ。それに、今回渡せなかったらこの先もず
っと呼べないままよ。せっかく右京さまが気
を遣ってくださってるんだから、詰まらない
こと考えないでさっさと渡してらっしゃい」

 「……延珠ちゃん」

 言うと、延珠は腕を組んで、つん、と横を
向いてしまう。その態度も口調もいままでと
何ら変わらないが、口にした言葉は明らかに
自分をおもんぱかってくれたものだった。

 古都里はそのことに胸を温かくすると、頬
を緩めて頷いた。

 「うん、そうだね。延珠ちゃんの言う通り
だ。今回渡せなかったら、きっと次も渡せな
いよね。お母さん、来てくれるかわからない
けど、とにかく渡しに行ってみるよ」

 心を決めて言うと、延珠が被せるように捲
くし立てる。

 「勘違いしないでよ。あんたがいない方が、
夕食の手間が省けるから言っただけ。今日は
餃子だから包む数が減ると助かるの。だから、
向こうでご飯食べられなくても自分で食べて
帰って来てよ。あんたの分は作らないからね」

 「えっ、あ、はいぃ」

 きっ、と延珠に睨まれてしまい、古都里は
プログラムで顔を覆い隠す。すると足元にい
た小雨が不平を漏らした。

 「なんじゃ、今夜は餃子か。ワシはニラが
キライじゃというのに」

 「嫌ならドッグフードでも食べれば。居候
のくせに、なに我が儘言ってんのよ」

 小雨の不平にもすかさず刺すような延珠の
言葉が返ってくる。そうなれば、もう止まら
ない。――喧嘩勃発だ。

 「どっ、ドッグフードじゃとっ!?ワシを
畜生と一緒にしてくれたな。転ばしてやる!」

 「ちょっ、やめなさいよ。着物に毛がつく
じゃないの!」

 「もう、姉上ぇ。小雨も!」


――瞬く間に場が賑やかになる。


 小雨がこの家の一員になった瞬間から幾度、
こんなやり取りを繰り返したことだろう。

 反抗期の延珠と俺様気質の小雨は、まさに
犬猿の仲だった。古都里はぎゃあぎゃあと騒
ぎ始めた彼らに苦笑いすると、喧嘩を止めに
入った狐月に加勢したのだった。







 久方ぶりに実家の玄関を開けると、ふわと
懐かしい匂いが胸を膨らませた。古都里は後
ろ手でドアを閉めると、靴を脱ぎ、忍び足で
廊下を歩き、キッチンに足を踏み入れた。

 「……ただいま、お母さん」

 すぐにガス台に向かう母の背中を見つけ、
古都里は控え目な声で言う。その声にはっと
振り返ると、母は面映ゆい表情を浮かべた。

 「おかえりなさい、早かったわね。ちょう
どロールキャベツが煮えたところよ」

 焜炉の火を止め、エプロンの紐をほどく。
 そして、入り口に突っ立っている古都里に
歩み寄ると、眩しそうに目を細めた。
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