61 / 122
第四章:遣らずの雨
57
しおりを挟む「あれ?荷物が届いてる」
温かな陽射しが射し込むリビングに足を踏
み入れると、脚と幕板に彫刻が施された和風
の座卓テーブルに段ボールが置かれていた。
古都里は小雨を下ろして段ボールの宛名を
確認する。差出人は印刷会社の名で、品名の
ところには『プログラム・チケット』と書か
れている。
「ああ、もしかして……」
その言葉に思い当たることがあって一人頷
いていると、背後から狐月の声が聴こえた。
「演奏会のプログラムとチケットが出来上
がりましたよ、古都里さん」
振り向けば昼食の支度を終えたらしい狐月
と延珠がこちらにやってくる。
古都里は、相変わらず冷えた視線を投げか
けてくる延珠に居心地の悪さを感じながらも、
狐月が開けてくれた段ボールを覗いた。
「うわぁ、凄い。たくさん入ってるね」
あの日と同じ黄緑色のそれらを見て思わず
破願する。倉敷市民会館の大ホールは、一階、
二階合わせて千八百人ほどの観客が入れると
いうから、これくらいたくさん印刷しないと
足りないのだろう。狐月は茶色いクラフト紙
の帯をピリリと破ると、きっちりと敷き詰め
られたプログラムとチケットを二枚ずつ取っ
て古都里に渡してくれた。
「えっ、貰っていいの?」
反射的にそれを受け取った古都里に、狐月
はにっこりと頷く。
「はい。お弟子さんのご家族は二名まで入
場無料なんです。なので、これは古都里さん
のご家族の分ということで」
その言葉に、古都里は二つ折りのプログラ
ムを開いてみる。中は午前と午後の部に分か
れて曲目が記されていて、その隣には出演す
る会員の名がフルネームで載っている。古都
里は入会して間もないこともあり、既に修得
済みの『八千代獅子』を午前の部で、そして
最終曲の『蒼穹のひばり』を弾くことになっ
ていた。
「何か嬉しい。わたしの名前が載ってるね」
当たり前のことを言って自分の名前を指で
なぞる古都里に、狐月は笑みを深める。
「これは右京さまからのご伝言なのですが。
良かったら今夜にでもそのチケットを渡しに
ご実家に足を運ばれてはどうかと。ここに来
てからずっと、ご両親にお顔を見せていない
ようですし、演奏会のお誘いも兼ねてあちら
で夕食を取られてみてはどうでしょうか?も
ちろん、お母さまのご都合が悪ければ夕食は
いつも通りこちらで取ることも出来ますが」
心の内を覗くように狐月が顔を見るので、
古都里は返事に困り目を伏せてしまう。
姉の死後、ぱったりと箏に触れなくなって
しまった母。その母に、演奏会に出るから観
に来て欲しいと、自分は愉しくやっているの
だと、喜々として語ってもいいのだろうか?
きっといまも、母は姉という光を失ったま
ま、笑うことさえ出来ずにいるに違いない。
「うーん、どうしようかな。親を呼ぶこと
なんて、ぜんぜん考えてもみなかった。チケ
ット渡しても来てくれないような気がするし」
母のやつれた顔を思い浮かべながら力なく
言う。と、意外な声が古都里の背中を押して
くれた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
幼馴染が熱を出した? どうせいつもの仮病でしょう?【完結】
小平ニコ
恋愛
「パメラが熱を出したから、今日は約束の場所に行けなくなった。今度埋め合わせするから許してくれ」
ジョセフはそう言って、婚約者である私とのデートをキャンセルした。……いったいこれで、何度目のドタキャンだろう。彼はいつも、体の弱い幼馴染――パメラを優先し、私をないがしろにする。『埋め合わせするから』というのも、口だけだ。
きっと私のことを、適当に謝っておけば何でも許してくれる、甘い女だと思っているのだろう。
いい加減うんざりした私は、ジョセフとの婚約関係を終わらせることにした。パメラは嬉しそうに笑っていたが、ジョセフは大いにショックを受けている。……それはそうでしょうね。私のお父様からの援助がなければ、ジョセフの家は、貴族らしい、ぜいたくな暮らしを続けることはできないのだから。
転生令嬢はやんちゃする
ナギ
恋愛
【完結しました!】
猫を助けてぐしゃっといって。
そして私はどこぞのファンタジー世界の令嬢でした。
木登り落下事件から蘇えった前世の記憶。
でも私は私、まいぺぇす。
2017年5月18日 完結しました。
わぁいながい!
お付き合いいただきありがとうございました!
でもまだちょっとばかり、与太話でおまけを書くと思います。
いえ、やっぱりちょっとじゃないかもしれない。
【感謝】
感想ありがとうございます!
楽しんでいただけてたんだなぁとほっこり。
完結後に頂いた感想は、全部ネタバリ有りにさせていただいてます。
与太話、中身なくて、楽しい。
最近息子ちゃんをいじってます。
息子ちゃん編は、まとめてちゃんと書くことにしました。
が、大まかな、美味しいとこどりの流れはこちらにひとまず。
ひとくぎりがつくまでは。
カクテルBAR記憶堂~あなたの嫌な記憶、お引き取りします~
柚木ゆず
キャラ文芸
――心の中から消してしまいたい、理不尽な辛い記憶はありませんか?――
どこかにある『カクテルBAR記憶堂』という名前の、不思議なお店。そこではパワハラやいじめなどの『嫌な記憶』を消してくれるそうです。
今宵もまた心に傷を抱えた人々が、どこからともなく届いた招待状に導かれて記憶堂を訪ねるのでした――
あやかしのお助け屋の助手をはじめました
風見ゆうみ
キャラ文芸
千夏小鳥(ちなつことり)は幼い頃から、普通の人には見ることができない『妖怪』や『あやかし』が見えていた。社会人になった現在まで見て見ぬふりをして過ごしていた小鳥だったが、同期入社で社内ではイケメンだと騒がれている神津龍騎(かみづりゅうき)に小さな妖怪が、何匹もまとわりついていることに気づく。
小鳥が勝手に『小鬼』と名付けているそれは、いたずら好きの妖怪だ。そんな小鬼が彼にペコペコと頭を下げているのを見た小鳥はその日から彼が気になりはじめる。
ある日の会社帰り、龍騎が日本刀を背中に背負っていることに気づいた小鳥はつい声をかけてしまうのだが――
霊媒姉妹の怪異事件録
雪鳴月彦
キャラ文芸
二人姉妹の依因 泉仍(よすが みよ)と妹の夢愛(めい)。
二人はほぼ無職ニートで収入無しの父、真(まこと)を養うため、生まれながらにして身につけていた“不思議な力”で人助けをしてお金を稼いでいた。
医者や人生相談では解決困難な特殊な悩みを抱えた依頼人たちのため、今日も二人は駆け回る。
※この話はフィクションです。作中に登場する人物・地名・団体名等は全て架空のものとなります。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
大阪の小料理屋「とりかい」には豆腐小僧が棲みついている
山いい奈
キャラ文芸
男尊女卑な板長の料亭に勤める亜沙。数年下積みを長くがんばっていたが、ようやくお父さんが経営する小料理屋「とりかい」に入ることが許された。
そんなとき、亜沙は神社で豆腐小僧と出会う。
この豆腐小僧、亜沙のお父さんに恩があり、ずっと探していたというのだ。
亜沙たちは豆腐小僧を「ふうと」と名付け、「とりかい」で使うお豆腐を作ってもらうことになった。
そして亜沙とふうとが「とりかい」に入ると、あやかし絡みのトラブルが巻き起こるのだった。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる