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第四章:遣らずの雨
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しおりを挟むそう言って右京が嘆息するので、古都里は
すねこすりを見つめる。行く手を阻むように
足に絡みつくので、これでは歩きたくても前
に進めない。けれど、ぽつぽつと雨に打たれ
ながら足の間を回り続けるあやかしが何だか
愛らしく思えて……古都里は腰を屈めると、
怖れもせずにそれに手を伸ばした。
が、その手が触れる寸前、頭のてっぺん
から空気が抜けるような、甲高い声が耳に
飛び込んでくる。
「触るでない。無礼者っ!」
「……しゃっ、喋った!?」
ぴたりとその動きを止めたかと思うと、
すねこすりがくりりとした眼で自分を睨みつ
けていた。一瞬、古都里は驚愕に目を瞬いて
しまう。けれど、それはほんの数秒のことで。
古都里は勢いよくしゃがみ込むと、すねこ
すりの愛らしさに目をキラキラさせながら、
感激の声を上げた。
「うわぁ可愛い!ほんとに可愛い!わたし、
犬や猫が喋れたら楽しいだろうなって前から
思ってたんですけど。この子喋れるんですね。
うわぁ、どうしよう!ほんとに可愛いなぁ」
感動のままに『可愛い、可愛い』と連呼す
る古都里に、すねこすりはたじろいでしまう。
「えっ、いや、まあ、それほどでも……」
きょろきょろと、落ち着きなく小さな目を
動かしながら謙遜の言葉を述べると、困り果
てた顔をして隣に立つ右京を見上げた。
くすくすと可笑しそうに笑いながら右京も
すねこすりの前にしゃがむ。
「おやおや。さっきの勢いは何処へやらだ
ね。古都里さんの足に絡んで通せんぼするつ
もりだったんだろうけど、彼女には通用しな
いみたいだ」
「なんなんじゃこの娘は。ワシがあやかし
だと知っていながら、きゃあきゃあ騒ぎおっ
て。まったく、調子が狂うわい」
親し気に言葉を交わす二人を見て、古都里
は目を見開く。その様は傍から見れば、和装
の美男子が犬に話しかけているという奇妙な
光景で、傘を差しながら隣を自転車で通り過
ぎた男性が、怪訝な眼差しをこちらに向けて
いた。古都里はその人が遠ざかってゆくのを
待つと、右京の顔を覗いた。
「先生、もしかしてこの子と仲良しなんで
すか?」
「仲良し、と云うほどでもないけど。まあ、
知らない仲ではないね。雨の日にこの道を通
ると、たまに出くわすから。もっとも、この
あやかしが僕の足に絡みつくことは間違って
もないけど」
語尾にエッジを効かせてにこりと微笑むと、
すねこすりは怯えるように身を縮める。どう
やら、右京が天狐であるということも知って
いるようだ。古都里は感心したように頷くと、
キャンバスバッグからタオルハンカチを取り
出した。
「そっか、君はこの道で通せんぼをするの
がお仕事なんだね。でも、雨の日だとびしょ
濡れになっちゃうから、お天気の日に現れた
らどうかな?」
若干、的外れなことを言いながら古都里は
ハンカチですねこすりを拭いてやる。短い毛
足ながらも、じっとりと雨に濡れた体が少し
ずつその水分をハンカチに移してゆく。
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