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第四章:遣らずの雨

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 「帰りは裏道を行こうか。その方が近道
だし」

 通りへ出ると右京はあちてらす倉敷の裏を
通り過ぎ、人通りの疎らな路地を歩き始めた。
 そして傘からはみ出さないようにしながら
隣を歩いていた古都里に、すっ、と肘を差し
出す。その仕草の意味がわからず、きょとん、
と右京を見上げると、古都里は目を瞬いた。

 「あの、なんでしょう???」

 「もっとこっちに来ないと雨に濡れてしま
うよ。ほら、僕の腕に掴まって」

 こともなげに言って右京が肘を付き出すの
で、古都里は、ぎょっ、として思わず立ち止
まってしまう。右京の腕に手を絡めるなんて、
恋人でもないのにそんな厚かましいこと出来
る訳がない。古都里はふるふると首と手を同
時に振ると、思いきり声をひっくり返した。

 「いえいえ、弟子の一人に過ぎないわたく
しめが恐れ多くてそんなこと。この傘すごく
大きいですし、少しくらい濡れても大丈夫な
ので、ぜんっぜん、気にしないでください!」

 リアクションが大げさ過ぎたのか、はたま
た気分を害してしまったのか。右京は振り向
き、あからさまに口をへの字にする。そして、
その顔も素敵、などと密かに思ってしまった
古都里の手をむんずと掴むと、自分の腕に導
いた。

 「確かに古都里さんは大事なお弟子さんの
一人に違いないけど、それ以前に大事な女の
子でもあるのだから。冷たい雨に濡れて風邪
でも引いたら困るでしょう?」

 「だっ、大事な女の子って。ええっ???」

 何げなくセリフの中に紛れ込んでいたその
言葉に、古都里は激しく動揺してしまう。

 さらりとした心地よい絹の手触りの向こう
から、右京の温もりと腕の硬さも伝わってき
て、呼吸まで苦しくなってしまった。

 古都里の動揺ぶりに気付いたのか、右京は
顔を覗き込むと涼しい顔をして頷いた。

 「女の子は大事にしないと。体を冷やすと
色んな不調が出てしまうでしょう?」

 「……ああ、体を大事にってことですか。
ははっ、なんだ。びっくりした」

 言葉の綾に過剰に反応してしまった自分が
恥ずかしくて、古都里は乾いた笑いをする。
 俯けば、ぽつぽつと水溜りに落ちた雨が小
さな波紋を描いていて、雨脚が思ったよりも
強いのだとわかる。古都里は、決して特別で
はない右京のやさしさにちくりと胸の痛みを
感じつつ、それを振り払うように慌てて話題
を変えた。

 「そう言えば、さっき飛炎さんが言ってい
た鬼のあやかしさんって、どんな方なんです
か?お名前……雷光さんでしたっけ」

 『鬼』と言えば昔話や日本各地の伝承に数
多く登場する有名なあやかしだが、ここ岡山
にも桃太郎伝説の源流となる『温羅』という
鬼が語り継がれている。

 その昔、空を飛んで異国から温羅という鬼
が吉備津にやってきて『鬼ノ城』と呼ばれる
城を築いたのだが、そこで温羅はさまざまな
悪事を働き、里の人々を困らせたのだそうだ。
みかねた朝廷は、武勇で知られる五十狭芹彦命いさぜりひこのみこと※を討伐に派遣し退治させたという温羅退治譚
が、昔話、「桃太郎」の起源になっているの
だという。

※のちの吉備津彦命きびつひこのみことのこと。
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