49 / 122
第四章:遣らずの雨
45
しおりを挟むなのに、自分に自信が持てなくて逃げてし
まった。自分が傷つきたくないから、誰かの
せいにしてしまった。そのことに気付けば、
右京にすべてを見透かされていたことが、い
まさら恥ずかしくなる。
「つまらないことを言って、すみませんで
した。先生の言葉、すごく身に染みました」
そう言って口を引き結ぶと、ぽんぽん、と
古都里の背を叩く手があった。
「古都里さんはそのままで十分魅力的なの
だから。あなたらしく笑って生きていれば、
きっと色んなものが見えてくると思うよ」
その言葉にこくりと頷いて、古都里は右京
を向く。向けば慈しむような眼差しが待って
いて、古都里は頬が熱くなってしまった。
「それにしても。人の世は目まぐるしく変
わってゆくね。立派なマンションがいくつも
建って、大きな商業施設も出来て。倉敷の街
がどんどん賑やかになってゆくよ」
唐突に話題が変わったかと思うと、右京は
新しく出来た大型商業施設、『あちてらす倉
敷』の前で立ち止まる。古都里も隣に立つと、
空に向かって聳え立つ建物を見上げた。
『あちてらす倉敷』は、倉敷駅からほど
近くに誕生した商業施設で、飲食店やホテル、
分譲マンション、市営駐車場が一体となって
いる。その他にも、人々が気軽に憩える多目
的スペースや医療モールが備わっているので、
幅広い年代の人々が集まるお出掛けスポット
として注目されていた。
その北館と南館を結ぶオープンスペースに
二人は立っている。誰でも自由に寛げるこの
場所には、いくつものガーデンテーブルセッ
トが並んでいて、朱赤のパラソルが鮮やかな
色彩を街に添えていた。
「ここを通り抜けて少し歩いたところに馴
染みの和楽器店があってね。うちからのんび
り歩いて二十分。散歩にはちょうどいい距離
でしょう?」
そう言ってオープンスペースを歩き出した
右京に、古都里はついてゆく。
近代的な建物に挟まれた空間を抜けて細い
路地に出ると、すみれ色の外壁がお洒落な花
屋や、雑貨店らしき白壁の建物が並んでいた。
その前を通り過ぎてゆくと建物と建物の間
に挟まれた、さらに細い路地が現れる。ごつ
ごつとした石畳を足元に感じながら進んでゆ
くと、薄黄色の花が咲く大きな月桂樹の木の
向こうに、ひっそりと隠れ家のように佇む和
楽器店があった。
「うわぁ、なんか素敵なお店ですね」
古都里は趣のある古い日本家屋を見上げる
と、呟くように言う。入り口のガラス戸の上
にある一枚板の看板を見やれば、そこには
『琴乃羽』と店の名が書かれている。
――琴の羽根。
さりげなく和の風情を感じさせるその店の
名に知らず口元を綻ばせていると、右京は
「こんにちは」と声を掛けながらカラカラと
店のガラス戸を開けた。右京に続いて古都里
も桐の香りがする店内に足を踏み入れる。と、
すぐに細長い店の奥から黒い袴姿の男性が
現れた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
こども病院の日常
moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。
18歳以下の子供が通う病院、
診療科はたくさんあります。
内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc…
ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。
恋愛要素などは一切ありません。
密着病院24時!的な感じです。
人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。
※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。
歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。
仲町通りのアトリエ書房 -水彩絵師と白うさぎ付き-
橘花やよい
キャラ文芸
スランプ中の絵描き・絵莉が引っ越してきたのは、喋る白うさぎのいる長野の書店「兎ノ書房」。
心を癒し、夢と向き合い、人と繋がる、じんわりする物語。
pixivで連載していた小説を改稿して更新しています。
「第7回ほっこり・じんわり大賞」大賞をいただきました。
霊媒姉妹の怪異事件録
雪鳴月彦
キャラ文芸
二人姉妹の依因 泉仍(よすが みよ)と妹の夢愛(めい)。
二人はほぼ無職ニートで収入無しの父、真(まこと)を養うため、生まれながらにして身につけていた“不思議な力”で人助けをしてお金を稼いでいた。
医者や人生相談では解決困難な特殊な悩みを抱えた依頼人たちのため、今日も二人は駆け回る。
※この話はフィクションです。作中に登場する人物・地名・団体名等は全て架空のものとなります。
素晴らしい世界に終わりを告げる
桜桃-サクランボ-
キャラ文芸
自分の気持ちを素直に言えず、悩んでいた女子高生、心和愛実は、ある日子供を庇い事故に遭ってしまった。
次に目を覚ましたのは、見覚えのない屋敷。そこには、世話係と名乗る、コウヨウという男性が部屋に入る。
コウセンという世界で、コウヨウに世話されながら愛実は、自分の弱い所と、この世界の実態を見て、悩む。
コウヨウとは別にいる世話係。その人達の苦しみを目の当たりにした愛実は、自分に出来る事なら何でもしたいと思い、決意した。
言葉だけで、終わらせたくない。
言葉が出せないのなら、伝えられないのなら、行動すればいい。
その先に待ち受けていたのは、愛実が待ちに待っていた初恋相手だった。
※カクヨムでも公開中
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
30歳、魔法使いになりました。
本見りん
キャラ文芸
30歳の誕生日に酔って帰った鞍馬花凛。
『30歳で魔法使い』という都市伝説を思い出した花凛が魔法を唱えると……。
そして世間では『30歳直前の独身』が何者かに襲われる通り魔事件が多発していた。
そんな時会社での揉め事があり実家に帰った花凛は、鞍馬家本家当主から思わぬ事実を知らされる……。
ゆっくり更新です。
1月6日からは1日1更新となります。
野望を秘めた面首の愛は、我が身を蝕む毒となる~男後宮騒動記~
香久乃このみ
キャラ文芸
既に70歳を超えた太后の蓮花。息子である病弱な皇帝とまだ幼い孫を勢力争いから守るため、若さと長生きを切望していた。そこへ現れた女道士の青蝶は、蓮花に「男の陽の気を受け取るたびに若返る術」をかける。72から36、ついには18になってしまった蓮花。しかしそのタイミングで、陽の気を捧げさせるために宰相傑倫が育成していた面首たちの、宮殿での仕事が開始される。次に事を行えば9歳になってしまう、それだけは避けなくてはならない。出世を目指し蓮花の愛を手に入れんとする男後宮の面首たちと、それを躱す蓮花の甘くもトタバタな日々が始まった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる