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第四章:遣らずの雨
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しおりを挟む着流し姿の右京は見慣れているはずなのに、
一歩外に出ると、道行く人が振り返るほど彼
の容姿は人目を惹き付けるものなのだと自覚
する。古都里はオフホワイトのオーバーオー
ルにボーダーのTシャツという代わり映えし
ない自分の姿を見て、項垂れた。
もう少しお洒落な服を着てくるべきだった。
揃いの和装で歩くことは出来なくとも、せ
めてスカートとか、ワンピースとか、少しは
可愛く見せる手段があっただろうに。
これでは隣を歩く自分が傍目にどう映って
いるか、想像すると恥ずかしくなってしまう。
そんなことをいまさら考えながら歩いてい
た、その時だった。不意に右京の手が古都里
の肩に掛けられたかと思うと、ぐい、と引き
寄せられた。
「……っ、先生!?」
突然、右京の体温が近くなって古都里は顔
を上げる。すると目の前から歩いてきた観光
客らしき集団が、古都里の横をガヤガヤと通
り過ぎた。避けなければきっと、肩がぶつか
っていたことだろう。古都里は腕の中から右
京を見上げると、か細い声で言った。
「ありがとうございます。先生」
「ちゃんと前を向いて歩かないと危ないよ。
ここの歩道は広いけど、人通りもそれなりに
あるのだから」
「はい。すみません」
右京のもっともな指摘に、古都里はしゅん
とする。周囲を見渡せば、観光客以外にも
スーツを着た男性やベビーカーを押して歩く
親子連れなどが歩道を行き交っている。駅に
向かって真っ直ぐ伸びるこの大通りは、さま
ざまな飲食店や銀行、学習塾、高層マンショ
ンなど、人々の生活に密着した建物が建ち並
んでいて、活気があった。
古都里は肩から去ってゆく温もりに、ほぅ、
と息をつくと一笑した。
「なんか、先生があんまり素敵なので、隣
を歩く自分は周囲にどう見えてるんだろう?
とか、考えちゃいました」
素直に心の内を吐き出すと、右京は古都里
を向き微苦笑する。可笑しなことを言って呆
れられてしまったかと不安になった古都里に、
右京は真っ直ぐ前を向いて言った。
「まったく、何を言い出すかと思えば。古
都里さんは可愛いですよ。とてもね。なのに、
自分と僕を比べて、人からどう思われるか気
になってしまうのは、認められたいと思う気
持ちが人一倍強いからなのだろうね。そうい
う感情は人間なら誰しも持っているものだか
ら悪いことじゃないけど、人に評価してもら
えないから自分には価値がないと思い込んで
しまうのは、ちょっと残念かな。僕としては、
ありのままの自分を認めて、もっと自信を持
って欲しいのだけど」
その言葉はあまりに図星過ぎて、古都里は
返す言葉が見つからない。
――いまだけじゃない。
――姉のことだってそうだ。
自分は無意識の内に優秀な姉と自分を比べ、
母に褒めてもらえない自分は劣っているのだ
と、頑張っても認めてもらえないのだと、思
い込んでいた。だから箏から遠ざかった時も、
心の何処かで母のせいだと思っていた。
けれど、本当に自分が弾きたいなら、箏が
好きでしょうがないなら、誰に何と言われよ
うと続けるべきだったのだ。
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