42 / 122
幕間:竜姫
38
しおりを挟むやがて箏の音に酔い痴れていると、再び秋
の夜にしじまが訪れる。右京はゆっくりと目
を開けると、小さく頷いた。
「大地の息吹を感じるような、壮麗な音色
じゃ。糸を弾く音のひとつひとつに、主の心
が感じられたぞ」
右京が目を細めると、娘は頬を緩めながら
頭を垂れる。僅かな沈黙が流れ、右京が次の
言葉を探していると、娘は思いも寄らないこ
とを口にした。
「物の怪さまにそう言っていただけると、
拙い箏の音を披露したわたくしの心も安らぎ
ます。もしよろしければ、物の怪さまも箏に
触れてはみませぬか?十三本の絃を爪先で弾
くだけで、軽やかな音色を楽しむことができ
ますゆえ」
「儂がか?」
その言葉に右京が自分を指差すと、「はい」
と頷いて娘が席を立つ。そうして、右京の手
を引き箏の前に座らせると、娘は自分の指か
ら外した箏爪を右京の手の平に載せた。
「利き手の親指と人差し指、そして中指の
腹に添えるように爪を指に嵌めるので御座い
ます」
言われるままに、右京は爪を手に取り指先
に嵌めてみる。けれど、娘よりも骨ばった右
京の指先に、箏爪は容易に嵌まってくれない。
「爪が落ちてしまうの。儂にはちと大きさ
が合わんようじゃ」
そう言って顔の前に手をかざすと、娘は何
を思ったのか、右京の人差し指を掴み、自分
の口元へ運んだ。そうして、小さく口を開け
たかと思うと、その指をぱくりと口に含んだ。
瞬間、ぎょっとしたように右京は表情を止
める。指先に感じるのはぬるりとした娘の舌
の感触。その感覚にぞくりと甘い刺激が背筋
を撫でた時には、指先が外気に晒されていた。
娘は右京の指先に箏爪を嵌めると、緩やか
に微笑んだ。
「こうして少し湿らせると爪輪の皮が指に
馴染むので御座います。まだ少し窮屈ですが、
これで落ちてしまうことはないかと」
まるで右京の指を舐めたことなどまったく
気にしていないという顔で言うので、右京は
目を瞬いてしまう。この娘は本当に、自分が
あやかし狐だとわかっているのだろうか?
真意を測るように娘を見つめると、右京は
半ば呆れたように言った。
「なかなか肝の据わった娘じゃな。お怖ず
臆せず、儂の指を口に咥えた女ごは主が初め
てじゃ」
その言葉に「あ」と声を漏らし、娘は頬を
染める。そうして恥らうように俯くと、消え
入りそうな声で言った。
「申し訳御座いません。わたくしとしたこ
とが。ついうっかり、自分の指を舐めるのと
同じ心持ちで物の怪さまの指を……」
言って両手で顔を覆ってしまった娘に、右
京は一拍の間を置いて、「ふっ、ははは!」
と笑い声を上げる。その様子を指の間から覗
き見ていた娘に、右京は喜色満面の笑みで言
った。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
俺様当主との成り行き婚~二児の継母になりまして
澤谷弥(さわたに わたる)
キャラ文芸
夜、妹のパシリでコンビニでアイスを買った帰り。
花梨は、妖魔討伐中の勇悟と出会う。
そしてその二時間後、彼と結婚をしていた。
勇悟は日光地区の氏人の当主で、一目おかれる存在だ。
さらに彼には、小学一年の娘と二歳の息子がおり、花梨は必然的に二人の母親になる。
昨日までは、両親や妹から虐げられていた花梨だが、一晩にして生活ががらりと変わった。
なぜ勇悟は花梨に結婚を申し込んだのか。
これは、家族から虐げられていた花梨が、火の神当主の勇悟と出会い、子どもたちに囲まれて幸せに暮らす物語。
※3万字程度の短編です。需要があれば長編化します。
【完結】人形と皇子
かずえ
BL
ずっと戦争状態にあった帝国と皇国の最後の戦いの日、帝国の戦闘人形が一体、重症を負って皇国の皇子に拾われた。
戦うことしか教えられていなかった戦闘人形が、人としての名前を貰い、人として扱われて、皇子と幸せに暮らすお話。
性表現がある話には * マークを付けています。苦手な方は飛ばしてください。
第11回BL小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
穢れなき禽獣は魔都に憩う
クイン舎
キャラ文芸
1920年代の初め、慈惇(じじゅん)天皇のお膝元、帝都東京では謎の失踪事件・狂鴉(きょうあ)病事件が不穏な影を落としていた。
郷里の尋常小学校で代用教員をしていた小鳥遊柊萍(たかなししゅうへい)は、ひょんなことから大日本帝国大学の著名な鳥類学者、御子柴(みこしば)教授の誘いを受け上京することに。
そこで柊萍は『冬月帝国』とも称される冬月財閥の令息、冬月蘇芳(ふゆつきすおう)と出会う。
傲岸不遜な蘇芳に振り回されながら、やがて柊萍は蘇芳と共に謎の事件に巻き込まれていく──。
あやかし神社へようお参りです。
三坂しほ
キャラ文芸
「もしかしたら、何か力になれるかも知れません」。
遠縁の松野三門からそう書かれた手紙が届き、とある理由でふさぎ込んでいた中学三年生の中堂麻は冬休みを彼の元で過ごすことに決める。
三門は「結守さん」と慕われている結守神社の神主で、麻は巫女として神社を手伝うことに。
しかしそこは、月が昇る時刻からは「裏のお社」と呼ばれ、妖たちが参拝に来る神社で……?
妖と人が繰り広げる、心温まる和風ファンタジー。
《他サイトにも掲載しております》
カクテルBAR記憶堂~あなたの嫌な記憶、お引き取りします~
柚木ゆず
キャラ文芸
――心の中から消してしまいたい、理不尽な辛い記憶はありませんか?――
どこかにある『カクテルBAR記憶堂』という名前の、不思議なお店。そこではパワハラやいじめなどの『嫌な記憶』を消してくれるそうです。
今宵もまた心に傷を抱えた人々が、どこからともなく届いた招待状に導かれて記憶堂を訪ねるのでした――
アヤカシな彼の奇奇怪怪青春奇譚
槙村まき
キャラ文芸
クラスメイトの不思議なイケメン、化野九十九。
彼の正体を、ある日、主人公の瀬田つららは知らされる。
「表側の世界」と「裏側の世界」。
「そこ」には、妖怪が住んでいるという。
自分勝手な嘘を吐いている座敷童。
怒りにまかせて暴れまわる犬神。
それから、何者にでも化けることができる狐。
妖怪と関わりながらも、真っ直ぐな瞳の輝きを曇らせないつららと、半妖の九十九。
ふたりが関わっていくにつれて、周りの人間も少しずつ変わっていく。
真っ直ぐな少女と、ミステリアスな少年のあやかし青春奇譚。
ここに、開幕。
一、座敷童の章
二、犬神憑きの章
間の話
三、狐の章
全27話です。
※こちらの作品は「カクヨム」「ノベルデイズ」「小説家になろう」でも公開しています。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 独自設定、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
あやかしのお助け屋の助手をはじめました
風見ゆうみ
キャラ文芸
千夏小鳥(ちなつことり)は幼い頃から、普通の人には見ることができない『妖怪』や『あやかし』が見えていた。社会人になった現在まで見て見ぬふりをして過ごしていた小鳥だったが、同期入社で社内ではイケメンだと騒がれている神津龍騎(かみづりゅうき)に小さな妖怪が、何匹もまとわりついていることに気づく。
小鳥が勝手に『小鬼』と名付けているそれは、いたずら好きの妖怪だ。そんな小鬼が彼にペコペコと頭を下げているのを見た小鳥はその日から彼が気になりはじめる。
ある日の会社帰り、龍騎が日本刀を背中に背負っていることに気づいた小鳥はつい声をかけてしまうのだが――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる