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第三章:開かずの間

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「延珠ちゃん、そのお耳、ちょっとだけ触
らせてもらってもいいかな?」

 もふもふした分厚い耳を、うるうるした目
で見つめる。が、間髪を入れず、

「嫌よ。気安く触らないで!」

と、鋭い声を返されてしまった。

 その声に驚いて、しゅん、と肩を竦めると、
一瞬のうちに延珠は人間の姿に戻ってしまう。

 「こら、延珠」

 「……姉上ぇ」

 ふん、と古都里から目を逸らし、横をつん
向いてしまった延珠を、右京と狐月が窘めた。


――そうだ。延珠ちゃんは反抗期だった。


 そのことに思い至ったが、時すでに遅し。
 二人に咎められた延珠は、身に付けていた
エプロンをその場に投げ捨てるとキッチンを
出て行ってしまう。言いようのない気まずい
空気がその場に流れ、古都里はどっぷりと自
己嫌悪に陥ってしまった。

 「すみません。わたしったら、調子に乗っ
てしまって」

 「気にすることはありませんよ。ちょっと
捻くれたところがあるので、打ち解けるのに
時間がかかるかも知れませんが。日常のこと
は全部狐月に訊いてください。狐月、古都里
さんを頼んだよ」

 「畏まりました。じゃあさっそく。古都里
さん、衣をつけるの手伝ってもらえますか?」

 パン粉や小麦粉が広げられたステンレスの
キッチン台を見やり狐月がにこりと笑う。古
都里は「はい」と頷くと、気を取り直して床
に落ちていたエプロンを拾い上げたのだった。


 そんな不協和音を抱えつつも始まったここ
での生活は楽しく、たいそう充実している。


 仕事は主に、炊事、洗濯、掃除などの家事
全般。それを三人で分担して行い、その合い
間にお稽古に来るお弟子さんの応対や、箏の
調弦などの準備をする。言葉だけ聞くと意外
にのんびりと過ごしているように思うかも知
れないが、たくさんのお弟子さんが立ち替わ
り入れ替わりやってくるので、応接にいとまがな
かった。「ピンポーン♪」とインターホンが
鳴るたびに作業の手を止めて玄関に向かい、
待ち時間が長くなりそうならお弟子さんに
お茶を出す。そのお茶も、小学六年生からお
年寄りまで年齢が幅広いので、緑茶を出した
り、オレンジジュースを出したり、と配慮が
必要だった。

 どちらかというと手際が悪い古都里は、作
業の手を止めてお弟子さんの応対をするのに
あたふたしてしまう。けれど、箏の音色に耳
を傾けながら広い家の中を駆けまわる一日は
やはり楽しく、訪れるお弟子さんも温厚な人
ばかりですぐに仲良くなれた。狐月も子ども
とは思えないほどしっかりしていてやさしい
ので、古都里は弟のように慕っている。

 けれど延珠だけは相変わらず古都里に対す
る当たりが強く、古都里はどうしたものかと
頭を悩ませていた。
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