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第三章:開かずの間
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しおりを挟む「それ、綺麗な指輪ですね」
深い皺と血管の浮き出た手を見やれば、
ころんとした若草色の石が上品に佇んでいる。
翡翠だろうか?古都里の言葉に「ええ」と
嬉しそうに頷くと、彼女は指先で石に触れた。
「これね、主人が若い頃に買ってくれたも
のなの。もう十一年も前に亡くなっているの
だけど、あの人が選んでくれたこの指輪をし
ていると、守られてるような気がするのよ」
「そうなんですね。綺麗な緑色に白が少し
交ざってて、とても素敵です」
そう言うと彼女はにこやかに笑って、二人
は長い廊下を歩き始めた。
――右京の正体を知ったあの夜から、二カ月
が過ぎていた。
頑張って母を説得します!と宣言したもの
の、やはり妙齢の娘が箏の大師範とはいえ、
若い男と同じ屋根の下で暮らすなどとんでも
ない、と反対され、両親の説得には一カ月を
要した。
けれど、右京の甥っ子と姪っ子も同じ屋根
の下に住んでいるということと、延珠と同じ
部屋に寝泊まりするという約束。それでもわ
ざわざ家を出る必要はない、せっかく短大を
辞めて家に戻ったのにと難色を示した母親に、
「わたしがいると余計家の中が暗くなっち
ゃう気がするし」
と、古都里がぼやいた途端、母は閉口し、
翌朝「あなたの好きになさい」と、何とかお
許しが出たのだった。なので快く送り出され
た訳ではないけれど、古都里は止まったまま
だった人生を一歩前に踏み出し、ここにいる。
「今日から一緒に暮らすわけだし、隠して
いても仕方がないからね」
必要最低限の荷物をボストンバッグに詰め
込んでやって来た、その日の夜。お弟子さん
が稽古を終え、家に誰もいなくなると、古都
里は狐月と延珠がいるキッチンへ連れて行か
れた。そこで右京は涼しい顔をして、さらり
と二人に言う。
「狐月、延珠、古都里さんに本当の姿を見
せてあげなさい」
そのひと言に二人は一度顔を見合わせたが、
「畏まりました」と声を揃えると、くるりと
宙返りした。
――すると、何ということだろうか。
右京の時と同じように白い靄に包まれたか
と思うと、二人の体に綿菓子のような白く丸
っこい尻尾と、同じ色の獣耳が、ぴょこんと
出現する。その姿は、感嘆の声を上げるには
十分すぎる可愛さだった。
「かっ、かっ、可愛いっっ!!!」
感動のままに声を上げて、がしりと狐月に
抱きつくと、狐月は顔を真っ赤にして両手を
バタつかせた。
「こっ、古都里さん!お召し物が汚れてし
まいますっ」
あわあわと、慌てふためく狐月の手を見れ
ば、確かに真っ白な粉が付いている。そう言
えば、「今夜はアジフライですよ」と狐月が
言っていたのを思い出して大人しく離れると、
古都里はその様子をじっとりとした目で見て
いた延珠に話しかけた。
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