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第二章:蒼穹のひばり
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しおりを挟む「……ごめんください」
数寄屋門を開け、雪見灯篭の灯りにぼんや
りと照らされたアプローチを進んでゆくと、
古都里はインターホンを押した。が、辺りは
シンと静まり返ったまま、声は返って来ない。
格子戸の摺りガラス越しに家の灯りが漏れ
て見えるが、玄関に誰かが出てくる様子はな
かった。
おかしいな、絶対いるはずなのに。
もしかして、夕食の支度で手が塞がってい
て出られないのかな?
そう想いを巡らせると、古都里はカラカラ
と控えめな音をさせながら玄関の格子戸を開
けた。
「ごめんくださーい。笹貫ですけど、誰か
いませんかぁ?」
隙間からひょっこり顔を覗かせて恐る恐る、
控え目な声で言ってみる。コトリ、と奥から
音が聴こえてくるが、廊下の向こうから狐月
が走ってくることはない。どうしたものか、
と、しばし玄関に突っ立ったまま考えると、
古都里は後ろ手で戸を閉めて家に上がった。
無断で人の家に上がるのは気が咎めるけれ
ど、ささっ、と二階に行って譜面を取ってく
るだけなら許されるだろう。などと、自分に
言い訳をしながら、そろりそろりと階段を上
ってゆく。その心境たるやコソ泥そのもので、
古都里は見つかってしまわないように、ビク
ビクしながら暗く長い廊下を摺り足で進んだ。
そして、ようやく和室の前に辿り着く。
ついさっき右京とここで話をした時は部屋
の中も応接の間も、蛍光灯の白い灯りが照ら
していたというのに、いまは周囲を闇が包ん
でいる。古都里はごくりと喉を鳴らすと、ゆ
っくり障子を開けた。照明のスイッチがどこ
にあるかわからず、障子から射し込む外の灯
りを頼りに、目を凝らす。すると、譜面台に
広げたままの譜面を見つけ、ほぅ、と胸を撫
でおろした。
古都里は部屋に入ると、暗闇にぽつりと残
されていた譜面に手を伸ばした。
――伸ばそうと、した。
その時、すぅ、と冷たい風が後れ毛を揺ら
したかと思うと譜面台に置かれていた譜面が
ふわりと宙に舞ってしまう。けれどそれは、
風に煽られて譜面が飛んでしまった訳ではな
ない。ふわりと宙に浮き上がった譜面は、ま
るで蝶のようにパタパタと羽を動かし飛んで
いた。
「……っ?!!」
――譜面が、飛んでいる。
信じられない光景を目の当たりにした古都
里は、危うく悲鳴を上げそうになり慌てて手
で口を塞ぐ。そんな古都里をまるで誘うよう
に、ひらひらと優雅に舞いながら譜面は古都
里の前を横切り、応接の間へと飛んでいった。
呆然としたまま逃げゆく譜面を目で追って
みれば、閉まっていたはずのベランダの引き
戸が開いている。譜面はひらひらと白い羽を
動かしながらベランダへ出て行ってしまった
ので、古都里は咄嗟に掴まえなくてはと思い
後を追った。
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