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第二章:蒼穹のひばり
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しおりを挟む古都里は姉と練習した日々を思い起こしな
がら、右京の奏でる箏の音に聴き入った。
やがて約七分の曲を弾き終えた右京に細や
かな拍手を送る。まったく同じ曲なのに自分
が弾くのと右京が弾くのとでは、気品が違う
ような気がしてしまう。
「どうですか?曲としてはそれほど難易度
は高くありませんが角爪で弾けそうですか?」
「たぶん。あの、わたしも弾いてみていい
ですか?」
「もちろん」
その返事に古都里は頷くと、箏に対して左
斜めに体を傾け、絃に箏爪を添えた。そうし
て、二年ぶりに絃を弾く。尖った丸爪で絃を
弾く山田流の音よりも、やや掠るような柔ら
かな音が鼓膜を震わせる。
――心地よかった。
決して、右京のように滑らかに弾くことは
出来ないけれど、やはり箏の音に包まれると
心が落ち着く。嬉しい。古都里は心の内でそ
う思いながら、拙くも丁寧に絃を弾き続けた。
「やはり、一度体に染みついたものは簡単
には消えないのでしょうね。指の硬さが少し
気になりましたが、それ以外はちゃんと弾け
ていましたよ」
弾き終えて、ほぅ、と息をつくと、すぐ隣
から右京の声がした。いつの間に傍に来てい
たのだろうか。集中していて気付かなかった。
古都里はちゃんと弾けていたという評価に、
屈託のない笑顔を向けた。
「慣れない爪なので緊張してしまったけど、
本当に心地よかったです。絃を弾く感覚が指
先に伝わるのが懐かしくて、思わずにやけて
しまいました」
そう言って照れたように両手で頬を挟むと、
右京が眩しそうに目を細める。向けられるや
さしい眼差しに、一瞬、どきりと鼓動が跳ね
てしまった古都里の手に右京が手を伸ばした。
「意識して爪の端で弾こうとするから、指
が硬くなってしまうんですよ。何度か弾いて
いるうちに自然と体が覚えるので、それまで
はこうして弾く前に手を解してみてください」
そう言って、右京が両手で古都里の右手を
揉み解す。さっき触れたばかりの手は骨ばっ
て温かく、古都里はまたもやその行為に赤面
してしまう。
「……あ、あの先生?」
「はい?」
思っていたよりも近くにある右京の顔から
目を逸らして話しかけると、右京は手を揉み
ながら小首を傾げた。
「先生は他のお弟子さんにも、こんな手取
り足取りお稽古をしてくださるんですか?何
だか、その……先生との距離が近すぎる気が
して」
もみもみ、と指の付け根を解すようにマッ
サージを続けてくれる右京に、古都里はどき
どきが止まらない。顔は益々熱くなるし、な
のに触れられている手に意識がいってしまう
しで、どんな顔をしていいかわからなくなる。
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