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第二章:蒼穹のひばり

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 「しっ、知ってます!知ってますけどっ、
先生に舐めてもらわなくてもっ」

 「ああ、これは失礼しました。つい自分の
指を舐める感覚であなたの指を。気色悪かっ
たですよね。拭きましょうか?」

 思わず語気を強めてしまった古都里に、ど
ことなく消沈した顔で言って袂から手拭いを
出してくれるので、古都里はそれ以上何も言
えなくなってしまう。

 気色悪い、と思った訳じゃない。
 決して、嫌悪した訳でもない。

 けれど、男性に対する免疫が皆無と言わざ
るを得ない古都里に、この刺激はあまりにも
強すぎた。古都里は相変わらず騒いで仕方な
い心臓を鎮めるように息を吐くと、差し出さ
れた手拭いを手で制した。

 「すみません。大丈夫です。凄くびっくり
しましたけど……」

 そう言うと、微苦笑を浮かべながら右京は
手拭いを袂に戻した。

 「で、どうですか?箏爪の方は」

 「……はい。ぴったり嵌まってます」

 「良かった。じゃあ、どちらを先に弾きま
しょうか。すぐに調弦を済ませるので、お好
きな方を言ってください」

 かほるが弾いていた箏の前に正座し、右京
が古都里の顔を除く。古都里は頬を朱色に染
めたままで数秒考えると、秋の言の葉は平調
子ですよね?と、訊ねた。

 「そうですよ。神仙しんせんの平調子です」

 にこりと笑って右京が答える。
 ということは、八千代獅子の方がそんなに
箏柱を動かさなくて済むのだろうか?

 箏の場合、最も基本的な音の調子を平調子
と呼ぶのだが、その他にも雲井調子・半雲井
調子・本雲井調子・中空調子・古今調子・乃
木調子・楽調子などの音列パターンがある。
そこからさらに、神仙・双調そうじょう壱越いちこつ黄鐘おうしき
という雅楽音名に分かれるので、箏柱を調子
に合わせて動かし、美しく調弦を完成させる
には熟達した技能が必要だった。

 「じゃあ、八千代獅子からお願いします」

 古都里が答えると右京は頷き、板についた
様子で調弦を始めた。




 「山田流と生田流の大きな違いは、箏爪の
形と構える姿勢です。さっきのお稽古を見て
もわかるように、生田流は爪の端で弾きやす
いよう、箏に対して左斜め四十五度に座って
構えるんです。歌の節なんかも山田流とはち
ょっと違うので、まずは僕が弾いてみますね」

 簡単にそう説明すると、右京が八千代獅子
を弾いてくれる。古都里は「はい」と返事を
すると、見取り稽古のつもりでじっと右京の
手元を見つめた。


――テーン、ツンテントン、テーン、トン♪


 地唄と共に、すぅ、と心が鎮まるような箏
の音が流れ始める。八千代獅子は古曲の中で
は比較的簡単な曲なのだが、きちんと弾きこ
なすとなるとやはり難しい。腰を上げないと
届かない四の弦の押し手も練習を繰り返すう
ちに左手の指先が痛くなるのを思い出した。
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