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第二章:蒼穹のひばり

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 「千鳥の曲と八千代獅子、どちらを弾きま
しょうか。その前に、まずは箏爪をお貸しし
ましょう」

 独り言のようにそう言って立ち上がると、
後ろの壁に設えてある白木の観音扉を開ける。
 そこには予備の箏が二面ほどしまってあり、
その隣には譜面や箏爪などの備品が収められ
ているらしい、スチールの引き出しがあった。

 一番上の引き出しを開け、そこからいくつ
か箏爪の入った小さな巾着を取り出すと、右
京は古都里の傍らに正座する。そして煌びや
かな錦織の巾着を開けると、生田流の角爪を
手の平に載せた。

 「これは練習用なので材質はプラスチック
製になりますが、いくつかありますから指に
合いそうなものを選んでみてください」

 「は、はいっ」

 古都里は緊張した面持ちで右京の手の平に
ある角爪に手を伸ばす。
 指に嵌める箏爪は三つ。利き手の親指、人
差し指、中指に爪を指の腹に添える形で爪輪
を指に通す。爪の材質は象牙が一般的で、
それは山田流の丸爪も変わらない。

 古都里は黒い爪輪を親指から順に指に通す
と、その手を顔の前にかざした。

 「どうですか?サイズは」

 「えっと……親指と中指はぴたっ、と嵌ま
っている感じがするんですけど、人差し指が
ちょっと。弾いているうちに緩んでしまいそ
うな気がします」

 「じゃあ、こちらを」

 そう言って右京はもう一つの巾着から人差
し指の爪を取り出してくれる。古都里はそれ
を手に取って人差し指に嵌めてみた。

 「どうですか?」

 「うーん、こんなもんでしょうか。借り物
なので、自分の指に合ってない気がするのは
仕方ないのかも」

 顔の前にかざした右手を眺めながら古都里
が小首を傾げると、右京はその手をゆるりと
握った。そうして指先から箏爪を外し、おも
むろに古都里の指を自分の口元へ運ぶ。その
動作の意味が理解できないままじっと見つめ
ていた古都里の前で、あろうことか、右京は
その指をぱくりと口に咥えた。瞬間、指先に
ぬるりと舌の感触がして、古都里はこれ以上
ないほど目を見開く。体中の血が一気に顔に
集結して、文字通り、古都里の顔は茹でダコ
のようになってしまった。

 「せっ、せせせせせっ、先生っ!!?」

 舌の上で湿らせた指に、すぽっ、と箏爪を
嵌めている右京に、古都里は激しく動揺し、
どもりまくる。なのに右京は、

 「これでどうですか?唾液で指を湿らせる
と爪輪が指にしっかり馴染むんですよ」

 などと、こともなげにそう言って古都里の
手を解放した。古都里は指先にひやりと空気
が触れるのを感じながらその手を握りしめる。
 心臓はバクバクと鳴って、耳にまで鼓動が
煩く響いている。
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