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第二章:蒼穹のひばり

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 「あのっ、アレはいったい何なんでしょう
か?私、子どもの頃からずっとアレが見えて
いて、なのに誰にも信じてもらえなくて……」

 果たして、彼はその答えまで知っているの
だろうかと疑問に思いつつ、黒い人影を見て
も顔色ひとつ変えない右京を見上げる。
 すると彼は小首を傾げ、つい、と視線を逸
らすと古都里の背に手を当てがった。

 「ひとまず、ここを出ましょうか。建物の
入り口まで送ります。話は歩きながら」

 促されるまま、古都里は右京と共に通路を
歩き、会場を後にする。けれど会場を出ても
口を開かない彼に、古都里は待ちきれず自分
から話し始めた。

 「実は……姉が亡くなった日も、姉の背後
にあの人影が見えたんです。だからどこにも
行かないでって姉を止めたんですけど……
ダメでした。小学校の時も、保健室の先生の
後ろに同じものが見えて。もしかして、いえ、
もしかしなくても、アレは『死神』なんです
よね?だから、姉は連れて行かれてしまった
んですよね?」

 思わず声のトーンを上げてしまった古都里
の横を、中年の女性が通り過ぎる。すれ違い
ざまに、ちろりと眼鏡の奥から訝し気な視線
を向けたのは、古都里が喪服を着ているから
というだけではないのだろう。古都里はその
女性を視線だけで見送ると、項垂れた。

 「すみません。私ったら場を弁えずにこん
な話を。しかも、出会ったばかりの先生に」

 「いいえ。あなたが気にすることは何も。
ですがその話は、また改めてしましょうか。
陽が落ちて寒くなる前に帰った方がいいでし
ょうから」

 落陽に赤く染まり始めた街を、自動ドアの
向こうに見ながら右京が静かに笑みを湛える。
 いつの間にか彼の手が肩に載せられていた
ことに気付き、古都里の頬も空と同じ色に染
まってしまった。古都里は慌てて右京から離
れると、頭を下げた。

 「わざわざ送ってくださって、ありがとう
ございました。あと、これも。お気遣いあり
がとうございます」

 そう言って、握りしめていた手拭いを渡す。
 少し皺の寄ったそれを受け取ると、右京は
柔らかに笑んで袂にしまった。

 「では明日の見学、楽しみにお待ちしてい
ます。場所がわからなければ、名刺の番号に
ご連絡ください」

 「はい。こちらこそ、どうぞ宜しくお願い
します」

 折り目正しい彼の振舞いに終始恐縮しなが
ら深く頭を下げると、古都里はコートを羽織
り、「じゃあ」と自動ドアをくぐって建物を
出てゆく。コートの襟もとを握りしめ、少し
歩いて振り返ると、まだそこに右京の姿があ
ったので古都里はにこりと会釈した。ひら、
と手を振ってくれる右京に胸がじんわりと温
まるのを感じながら帰路につく。

 思いがけず出会えた美しい箏曲家に、古都
里は色んな意味で興味を惹かれていた。


――明日は何を着てゆこう?


 そんなことを思いながら歩く街並みは、
いままでとは少しだけ違って古都里の目に
映り込んでいた。
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