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第二章:蒼穹のひばり

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 「古都里さんですか。可愛らしいお名前で
すね。僕は大師範の名を頂戴していますが、
凛とした箏の音を愛する、ただの箏好きです。
だからそうかしこまらずに、気軽に覗きに来てく
ださい。お稽古場となる僕の家は、名刺の裏
に載っていますので」

 言われて名刺をひっくり返してみると、そ
こには簡単な地図が記されている。この市民
会館からそう遠くない場所で、古都里の自宅
からも自転車で十五分もかからずに行けそう
だった。古都里は名刺を見ながら数秒考える
と、遠慮がちに訊いた。

 「本当に、お稽古の見学に行っていいです
か?入会するとか、そういう前提がなくても」

 見学=入会、という決まりならすぐに決断
出来ないので悩んでしまう。さっき聴いた箏
の旋律にはとても惹かれているが、姉の死を
きっかけに箏をやめてしまった母の手前、自
分だけまた始めるのも気が引けたし、いまは
アルバイトもしていないのでお月謝なるもの
の金額も気になった。上目遣いにそう訊いた
古都里に、男性は笑みを崩さなかった。

 「もちろん。演奏会の延長のつもりで気軽
に来てください。もし、あなたのご都合が良
ければ、そうですね……明日の夕方四時頃に
でも」

 演奏会の延長と聞いて、古都里は幾分気持
が軽くなる。明日の夕方でも、明後日の夕方
でも、古都里に特段用事はなかった。

 「じゃあお言葉に甘えて。明日の夕方、見
学に伺います」

 朗笑しながら答えた、その時だった。

 後ろの劇場扉が開く気配がして、古都里は
おもむろに振り返った。そして、ぎくりと肩
を震わせる。重い劇場扉を押し開け入ってき
たのは、清掃員らしき老齢の男性。

 それ自体は何の問題もないのだけれど……
その背後に蠢く黒い人影を見つけてしまい、
古都里は慄然としてしまった。こちらを気に
する素振りもなく、のろのろと座席の背もた
れを拭き始めた清掃員から目を離すことが出
来ない。すると清掃員を凝視していた古都里
の鼓膜を、信じられない言葉が射抜いた。

 「あなたにも、アレが見えるんですね」

 その言葉に、弾かれたように振り返った古
都里は、じっと清掃員の背後を見つめる右京
の眼差しにはっとする。ゆらゆらと蠢く黒い、
黒い人影。――同じものが彼にも見えている。
 そう、直感した古都里は声を潜めて訊いた。

 「もしかして、村雨先生にもアレが見える
んですか?」

 それは問いかけではなく、確認。
 じっと男性を見ていた右京が古都里に視線
を戻し、口角を上げる。瞬間、古都里は筆舌
に尽くしがたい感情に包まれる。生まれて初
めて、自分と同じものが見える人に出会えた。


――やっと、出会えた。


 ぴたりと老齢の男性の背後に寄り添うそれ
にちらりと目をやって、古都里は訊いた。
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