上 下
14 / 122
第二章:蒼穹のひばり

10

しおりを挟む

――箏の独奏から始まる、幻想的なその曲。


 主奏が尺八に変わり、風が吹き抜けるよう
な擦れた音色を箏の伴奏がやさしく包み込む。

 そしてリズムを刻むような太鼓と巫女鈴の
シャンという涼し気な音。初めて耳にする曲
なのに、どうしてだろう?――酷く懐かしい。
 桃源郷を彷彿させるような、いにしえの都を思い
起こさせるような壮麗な音色に古都里の心は
震え、いつしか涙が頬を伝ってしまう。古都
里は手の平で涙を拭いながら、チケットと共
に渡されたプログラムに目を落とした。そう
して最後の曲名を見、瞠目する。そこに記さ
れていた曲名は、『蒼穹そうきゅうのひばり』。

 「……蒼穹のひばり、……ひばり」


――姉の名だ。


 そう思った瞬間、心が風船のように膨らん
で涙が溢れ出してしまった。古都里は嗚咽を
漏らしてしまわないよう慌てて手で口を塞ぐ。
 
 どこまでも続く真っ青な空の彼方を、一羽
のひばりが飛んでいる。この旋律を聴いてい
ると、ひばりとなった姉が自由に空を羽ばた
いているように思えて、涙が止まらなかった。

 琴線に触れるその曲に涙していると、まも
なく音色が止み、演奏者たちが頭を下げる。


――そうして、万雷の拍手。


 古都里も涙を流しながら、手の平が痛むほ
ど夢中で拍手を送った。

 鳴りやまぬ拍手の中、静かに幕が下りる。
 やがて素晴らしい演奏の余韻に浸りながら
観客が席を立ち始めた。ぞろぞろと、会場を
出てゆこうとする観客が古都里の横を通り過
ぎてゆく。喪服姿のまま、目をまっ赤にして
呆然と舞台を見つめている古都里に幾人かの
客が怪訝な眼差しを向けていた。それでも、
古都里は立ち上がることが出来なかった。

 出来ることなら、もう一度あの旋律に心を
預けたい。自由に空を飛ぶひばりに姉の姿を
重ねながら、姉の魂を感じたかった。

 どれくらい時間が過ぎただろうか?
 広い観客席にぽつねんと、自分だけが座っ
ていることに気付き古都里は乾きかけた頬を
拭う。そしてプログラムを手に立ち上がろう
としたその時、目の前に小紋柄があしらわれ
た手拭いが差し出され、古都里は驚いて通路
を向いた。そこには、茶縞ちゃじま行燈袴あんどんばかま白藍しらあい
着物を合わせた、和装姿の男性が膝間づいて
いた。まじまじとその顔を見れば、舞台の真
ん中で箏を弾いていた男性だと気付く。客席
から遠巻きに観ている時はよくわからなかっ
たが、涼し気な目元をした美しい男性だった。

 「……あ、あの」

 差し出されたそれを受け取っていいものか
わからず……古都里は自分に柔らかな笑みを
向けている男性の目を覗き込む。
 すると男性は手拭いを古都里の手に握らせ、
笑みを深めた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

カクテルBAR記憶堂~あなたの嫌な記憶、お引き取りします~

柚木ゆず
キャラ文芸
 ――心の中から消してしまいたい、理不尽な辛い記憶はありませんか?――  どこかにある『カクテルBAR記憶堂』という名前の、不思議なお店。そこではパワハラやいじめなどの『嫌な記憶』を消してくれるそうです。  今宵もまた心に傷を抱えた人々が、どこからともなく届いた招待状に導かれて記憶堂を訪ねるのでした――

仲町通りのアトリエ書房 -水彩絵師と白うさぎ付き-

橘花やよい
キャラ文芸
スランプ中の絵描き・絵莉が引っ越してきたのは、喋る白うさぎのいる長野の書店「兎ノ書房」。 心を癒し、夢と向き合い、人と繋がる、じんわりする物語。 pixivで連載していた小説を改稿して更新しています。 「第7回ほっこり・じんわり大賞」大賞をいただきました。

夜勤の白井さんは妖狐です 〜夜のネットカフェにはあやかしが集結〜

瀬崎由美
キャラ文芸
鮎川千咲は短大卒業後も就職が決まらず、学生時代から勤務していたインターネットカフェ『INARI』でアルバイト中。ずっと日勤だった千咲へ、ある日店長から社員登用を条件に夜勤への移動を言い渡される。夜勤には正社員でイケメンの白井がいるが、彼は顔を合わす度に千咲のことを睨みつけてくるから苦手だった。初めての夜勤、自分のことを怖がって涙ぐんでしまった千咲に、白井は誤解を解くために自分の正体を明かし、人外に憑かれやすい千咲へ稲荷神の護符を手渡す。その護符の力で人ならざるモノが視えるようになってしまった千咲。そして、夜な夜な人外と、ちょっと訳ありな人間が訪れてくるネットカフェのお話です。   ★第7回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。

野望を秘めた面首の愛は、我が身を蝕む毒となる~男後宮騒動記~

香久乃このみ
キャラ文芸
既に70歳を超えた太后の蓮花。息子である病弱な皇帝とまだ幼い孫を勢力争いから守るため、若さと長生きを切望していた。そこへ現れた女道士の青蝶は、蓮花に「男の陽の気を受け取るたびに若返る術」をかける。72から36、ついには18になってしまった蓮花。しかしそのタイミングで、陽の気を捧げさせるために宰相傑倫が育成していた面首たちの、宮殿での仕事が開始される。次に事を行えば9歳になってしまう、それだけは避けなくてはならない。出世を目指し蓮花の愛を手に入れんとする男後宮の面首たちと、それを躱す蓮花の甘くもトタバタな日々が始まった。

幼馴染が熱を出した? どうせいつもの仮病でしょう?【完結】

小平ニコ
恋愛
「パメラが熱を出したから、今日は約束の場所に行けなくなった。今度埋め合わせするから許してくれ」 ジョセフはそう言って、婚約者である私とのデートをキャンセルした。……いったいこれで、何度目のドタキャンだろう。彼はいつも、体の弱い幼馴染――パメラを優先し、私をないがしろにする。『埋め合わせするから』というのも、口だけだ。 きっと私のことを、適当に謝っておけば何でも許してくれる、甘い女だと思っているのだろう。 いい加減うんざりした私は、ジョセフとの婚約関係を終わらせることにした。パメラは嬉しそうに笑っていたが、ジョセフは大いにショックを受けている。……それはそうでしょうね。私のお父様からの援助がなければ、ジョセフの家は、貴族らしい、ぜいたくな暮らしを続けることはできないのだから。

処理中です...