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最終章:「みえない僕と、きこえない君と」

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-----200×年6月。



 僕たちが出会ったあの日から、2年の月日
が過ぎた。

 僕の見える世界はさらに狭まり、いまでは
大きなリンゴほどの視野になっているが、
時折、白い杖が必要になること以外不便を
感じることもなく、大切な人たちに囲まれ、
充実した日々を送っている。






 「やばいよ。羽柴クン、俺、緊張してきた。
お腹痛くなってきたよ」

 椅子に座る僕の肩にもたれかかり、町田さん
が頼りない声で言う。僕は肩を竦めると、背後
でお腹を抱えているらしい彼に言った。

 「緊張も何も、列席者は僕たちの両親と石神
さんしかいないんですから、気楽にやってくだ
さい。咲さんだって司会として一緒に立つんだ
し、何にも心配ないですよ」

 肩にのせられた手をぽんぽん、と叩いてやる
と、僕は腕時計のフェイス部分を開け、時計の
針に触れた。誕生日に石神さんからプレゼント
されたものだが、いまでは目を閉じたままでも
時間を知ることが出来る。

 「もうそろそろかな、弥凪は」

 そう呟くと、町田さんはお腹を擦りながら、
そろそろだな、と言った。



-----今日は、僕と弥凪の結婚式だ。



 バイクに轢かれたあの夜から、約1年。

 僕の抜釘手術ばっていしゅじゅつが終わるのを待ちながら
結婚式の準備を進め、今日、晴れの日を
迎えた。町田さんと咲さんは、人前式での
司会役を務めてくれることになっているの
だが、咲さんは耳が聞こえない弥凪のため
に、司会の言葉を手話で同時通訳してくれ
ることになっている。だから、実質、司会
として喋るのは町田さん一人なのだけど……

たゆまぬ努力の末、社会人からめでたく
大学生へと逆戻りした彼なら、きっと難なく
こなしてくれることだろう。


 そんなことを考えていた時、コンコンコン、
と、ドアをノックする音が聞こえた。

 はい、と返事をする間もなく、ガチャリと
ドアが開いて咲さんが顔を覗かせる。

 「弥凪の準備出来たよ。羽柴さん」

 その言葉を心待ちにしていた僕は、すくっ、
と立ち上がった。

 「見に行って、いいかな?」

 「もちろん。弥凪、すっごくキレイだよ」

 ふふっ、と笑みを向けると、彼女は手招き
し、僕たちを新婦の控室へと連れて行った。







 窓から射し込む、やわらかな光の中に佇む
彼女は、まるで天使のようだった。

 「……ほんとに、キレイだ」

僕は町田さんと二人してドアの前に立ち尽く
し、感嘆の声を漏らした。

 弥凪が顔を上げ、こちらを向く。
 シンプルでクラシカルなウエディングドレス
に、パールのビジューカチューシャが良く似合
っている。僕はゆっくりと弥凪の元へ進むと、
椅子に座っている彼女の横に立ち、目を細めた。
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