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第六章:大安吉日

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-----純の様子がおかしい。



 それは、リビングに戻った瞬間から、感じ
ていたことだった。けれど、わたしはその場
で父さんを問い詰めることはしなかった。

 そんなことをすれば、さらに純を傷つける
ようなことを、父さんが言ってしまうかも
知れない。だから、不貞腐れた顔をして、
その場の空気さえも壊してしまったけれど、
“黙っててくれて良かった”。

 それが、純の背中を見送った瞬間に、
わたしが思ったことだった。



 
 母さんと二人で、リビングに戻る。
 父さんはソファーに深く体を沈め、ぼんや
りと天井を眺めていた。わたしは、ダイニン
グテーブルに置きっぱなしになっていたホワ
イトボードを掴むと、そこに文字を綴った。

 (純になに言ったの?)

 そのひと言が書かれたホワイトボードを手
に、父さんの元へ行く。すると、父さんの
足元に膝をついた母さんが、顔を見上げ、
先に問い詰めていた。

 「あなた。羽柴さんに、何を言ったの?」

 母さんの声は聞こえないけれど、わたしは
唇の動きで、それを読み取った。

 ふっ、と、父さんの口から息が漏れる。
 笑ったのだと、理解した瞬間に、わたしは
きつく唇を噛んでいた。

 「何って、父親として当たり前のことを
言ったまでだよ。娘が不幸になるのを、
黙って見ているわけにはいかないだろう。
結婚を認めるわけにはいなかい。そう、
彼に伝えただけだ」

 ぼぞぼぞと、口を動かした父さんの言葉
は、全部はわからなかった。けれど、母さん
の顔が悲しく歪んだのを見て、何となく理解
できた。

 わたしは洋服の袖でホワイトボードの文字
を消して、新たに文字を綴った。

 (どうして、純と結婚すると幸せになれ
ないの?彼が障がいを持ってるから?わたし
の耳が、聞こえないから?そんなの、勝手
に決めないで!幸せかどうかは、わたしが
決めるから)

 父さんに反抗したのは、生まれて初めて
だった。目を真っ赤にして睨みつけるわた
しを、父さんが少し驚いた顔で見上げる。

 母さんはわたしの腕を握り、父さんに強い
眼差しを向けた。

 「弥凪の言う通りですよ。幸せかどうかは、
本人たちが決めることじゃないですか。それ
に、彼だって好きで障がいを持ったわけじゃ
ないんです。なのに、それを理由に結婚を
反対するなんて……自分の娘を否定するつも
りですか!?」

 わたしの腕を掴んだまま、食って掛かった
母さんに、父さんは突然立ち上がると、声を
張り上げた。

 「否定なんかするわけないだろう!そう
やって問題をすり替えるな!だいいち、弥凪
だってどうしていままで黙ってたんだ!
彼の障がいのことを、後ろ暗く思っていた
からだろう?わたしは先々のことまで考えて
ダメだと言ったんだ。もし、目も耳も聞こえ
ない子が生まれたらどうする!弥凪は、
一生苦労しなきゃならないんだぞ!!」

 肩で息をしながら、顔を真っ赤にしながら、
父さんは喚き散らした。その口元をじっと
見ていたわたしは、怒りと悲しみで、肩を
震わせる。
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