80 / 111
第五章:薄明の中で
79
しおりを挟む
しなければならないことは、すでにわかって
いた。僕は石神さんや会のみんなから、見え
ない世界を生きる術を、学んでいたからだ。
健常者と同じように社会に身を置き、“見え
ないなり”に生きている人は沢山いる。担当医
の言っていた通り、まずは、中途失明訓練校
に足を運び、点字や盲人用パソコン、白い杖
の使い方を身に付けるべきだろう。
それから……
そこまで考えて僕は弥凪の顔を思い浮かべた。
したいことは、一つしかなかった。
-----弥凪のウエディングドレス姿が、見たい。
僕のために、純白のドレスを纏った弥凪の
姿を、この目に焼き付けておきたかった。
けれど、僕たちはまだ、付き合って7カ月
足らずだ。もし、僕のこの想いを聞いたら、
弥凪はさすがに早すぎると、難色を示すので
はないか?それとも、悲観的過ぎると、呆れ
るだろうか?
僕は口の中のコッペパンを飲み込み、
ため息をついた。こんなところで、一人で
悩んでいても仕方のないことだ。
まずは、今日のことを弥凪に話して………
そう、考えていた時、ポケットの中で携帯
が震えた。電話だ。誰だろう?
僕はポケットから携帯を取り出し、液晶
画面を見た。そうして、ぎくりとする。
電話の主は、
-----母だった。
そう言えば、この間、検査の日はいつか?
と、母から聞かれていたことを思い出す。
毎年、母はこの時期に僕が検査を受ける
ことを知っているのだ。僕は躊躇いながらも、
ひとつ呼吸をして息を整えると、応答ボタン
を押した。
「もしもし………うん、いま?大丈夫だよ」
携帯の向こうから、いつもと変わらぬ母の
声が聞こえる。僕は空っぽになったコッペパン
のビニールを握りしめ、遠くを見やった。
「うん………ああ、それね。行ってきたよ。
いま、帰り。え?ああ、…………結果ね。
大丈夫だって。特に問題なかったよ」
僕は努めて自然に言った。
『良かった、安心した』
電話の向こうから、母の安堵した声が聞こ
える。その瞬間、ツン、と鼻先が痛んで困っ
たけれど、僕は明るい声のままで、すぐに
話を変えた。
「それよりさ、会わせたい人がいるんだ。
いますぐじゃないけれど、そのうち連れて
行くよ」
その言葉に、一瞬、息を呑んだ母の様子
が窺える。じっと母の言葉を待っていると、
母はため息を漏らしながら、『そう』と、
呟いた。そして、『どんな人なの?』と、
訊ねた。
「やさしい人だよ。とても。僕の目のこと
も、ちゃんとわかってくれて、いつも支えて
くれてる。でもね、彼女………耳が聞こえな
いんだ」
そう口にした僕に、母はしばし沈黙する。
けれど数秒後には、いつもと同じ声音で、
『やさしい人に出会えて良かったね』と、
笑ってくれたので、僕は少し救われたような
気持ちで、家路についたのだった。
いた。僕は石神さんや会のみんなから、見え
ない世界を生きる術を、学んでいたからだ。
健常者と同じように社会に身を置き、“見え
ないなり”に生きている人は沢山いる。担当医
の言っていた通り、まずは、中途失明訓練校
に足を運び、点字や盲人用パソコン、白い杖
の使い方を身に付けるべきだろう。
それから……
そこまで考えて僕は弥凪の顔を思い浮かべた。
したいことは、一つしかなかった。
-----弥凪のウエディングドレス姿が、見たい。
僕のために、純白のドレスを纏った弥凪の
姿を、この目に焼き付けておきたかった。
けれど、僕たちはまだ、付き合って7カ月
足らずだ。もし、僕のこの想いを聞いたら、
弥凪はさすがに早すぎると、難色を示すので
はないか?それとも、悲観的過ぎると、呆れ
るだろうか?
僕は口の中のコッペパンを飲み込み、
ため息をついた。こんなところで、一人で
悩んでいても仕方のないことだ。
まずは、今日のことを弥凪に話して………
そう、考えていた時、ポケットの中で携帯
が震えた。電話だ。誰だろう?
僕はポケットから携帯を取り出し、液晶
画面を見た。そうして、ぎくりとする。
電話の主は、
-----母だった。
そう言えば、この間、検査の日はいつか?
と、母から聞かれていたことを思い出す。
毎年、母はこの時期に僕が検査を受ける
ことを知っているのだ。僕は躊躇いながらも、
ひとつ呼吸をして息を整えると、応答ボタン
を押した。
「もしもし………うん、いま?大丈夫だよ」
携帯の向こうから、いつもと変わらぬ母の
声が聞こえる。僕は空っぽになったコッペパン
のビニールを握りしめ、遠くを見やった。
「うん………ああ、それね。行ってきたよ。
いま、帰り。え?ああ、…………結果ね。
大丈夫だって。特に問題なかったよ」
僕は努めて自然に言った。
『良かった、安心した』
電話の向こうから、母の安堵した声が聞こ
える。その瞬間、ツン、と鼻先が痛んで困っ
たけれど、僕は明るい声のままで、すぐに
話を変えた。
「それよりさ、会わせたい人がいるんだ。
いますぐじゃないけれど、そのうち連れて
行くよ」
その言葉に、一瞬、息を呑んだ母の様子
が窺える。じっと母の言葉を待っていると、
母はため息を漏らしながら、『そう』と、
呟いた。そして、『どんな人なの?』と、
訊ねた。
「やさしい人だよ。とても。僕の目のこと
も、ちゃんとわかってくれて、いつも支えて
くれてる。でもね、彼女………耳が聞こえな
いんだ」
そう口にした僕に、母はしばし沈黙する。
けれど数秒後には、いつもと同じ声音で、
『やさしい人に出会えて良かったね』と、
笑ってくれたので、僕は少し救われたような
気持ちで、家路についたのだった。
0
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る
Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される
・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。
実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。
※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?
おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。
『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』
※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
恋人はパワーショベルの達人
紅灯空呼
ライト文芸
典型的な文系女子の大森正子が、ある日パソコンで人生最大の失敗をやらかした。10年もの歳月をかけて集めてきた大切なWEB小説がぶっ飛んだのだ。それがきっかけでプログラマー男性との交際が始まる、かに思えたが、その男は去ってしまう。その後ネット上で知り合った謎のハッカーとのネット交際が始まるものの、わずか1週間でその人物が意外なことに以前からの顔見知りだと判明する。それから間もなく、家族や自分に不幸が起き、正子は悩み苦しみ、そして……。
※本小説内の人物・会社・WEBサイト・作品・TV番組・映画・事件・OS・処理環境・アプリなどはすべて架空のものです。暴力など反社会的行為や法律違反・差別等を助長する意図は一切ありません。
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる