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第五章:薄明の中で

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 肩を抱いたまま、ベッドに腰かける。
 波打ち際を歩きながら、少し強い日差し
を浴びたせいか、体はそのままベッドに
沈んでしまいそうなほど、気怠かった。

 しばらく、じっと身を寄せていると、
風呂が沸いたことを知らせるチャイムが
鳴った。けれど、その音が聞こえても、
僕は彼女の肩を離すことは出来なかった。

 胸に顔を埋めていた弥凪が、僕を
見上げる。
 その唇をそっと指でなぞり、伏せられ
た長い睫毛を見れば、もう、1秒も待つ
ことは出来なかった。

 僕は彼女の唇を覆うように自分のそれを
重ねると、強く掻き抱くように、彼女の背
を抱いた。
 深く押し付けられる唇を受け止めながら、
弥凪も僕の背にしがみつく。
 薄く開いた唇を割って、舌を差し込めば、
彼女も応えるように、舌を絡ませてくれる。

 微かに、重ねた唇から潮の味がする。

 同じ場所で、同じ時間を過ごし、そうして、
僕たちのキスもまた、同じ味になってゆく。

 長い長い口付けから唇を解放すると、
弥凪は照れたように微笑い、息を漏らした。



-----こつんと額を合わせる。



 弥凪の透きとおるような肌から、艶やか
な黒髪から、ふわりと、海の香りがする。


 不意に、僕は弥凪が心配になって、
訊いた。

 (こわい?)

 彼女は初めてなのだ。
 だから、あの夜は、僕の腕からすり抜け
ていった。
 頬に触れながら、揺れる髪先を弄びなが
ら、目を覗き込むと、弥凪は小さく首を
振った。そうして、おもむろに僕の手を
取った。手の平に文字が綴られる。
 その言葉を読み取れば、

 (変な声、出たらごめんね)

 というひと言。
 一瞬、意味がわからずに弥凪の目を見る
と、彼女は困ったように視線を一度外し、
もう一度文字を書いた。

 (わたしの変な声、純に聞かれたく
なかった)



-----ああ、だからか。



 僕はようやく、合点がいって、ゆるやかに
首を振った。彼女は知らなかったのだ。
 どんなに、僕が“その声”を望んでいるか、
を。
 たとえ、どんなに、その声が“彼女の理想”
から掛け離れたものだったとしても、僕に
とっては聞きたくて、聞きたくて、仕方が
なかった“声”なのだ。

 「……馬鹿だな」

 僕は慈しむように彼女の髪を撫でながら、
笑みを向けた。

 「……本当に馬鹿だな」

 もう一度そう言って、怯えてばかりの、
恋人の肩を抱いた。



-----どうすれば、伝わるだろう?



 ただ、こうしているだけで胸が苦しく
なるほど、愛しているのだということを。


 言葉で、手話で、手の平を滑る指で、
その想いを伝えきれないのなら……
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