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第三章:雨の中で
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ずっと、伝えたかった言葉だけを綴った。
すると、彼女は目を見開き、そして泣き笑い
のような顔をしながら大きく頷いた。
その笑みに息を吐くと、僕は思いきり彼女を
抱き締めた。
ドォーーン、と、僕たちを祝福するように
鮮やかな花火が上がる。まるでこの瞬間を
待っていたかのように、次々に大輪の花が
咲き、夜空がいっそう明るくなった。
僕はパチパチと光の弾ける音を背中で聞き
ながら、口を開いた。
「好きだよ」
その声が彼女に届かないとわかっていても、
言わずにはいられなかった。
「大好きだよ」
僕の声が振動となって彼女に届くように、
もう一度大きな声で言った。
やがて、抱き締めていた腕を緩めると、
今度は彼女が僕の手を取った。
どきどきしながら、手の平に綴られる
文字を読み取る。すると……
(ら、い、ね、ん、も、こ、よ、う、ね)
彼女の言葉は、僕との未来を願う
ものだった。
「うん、来よう。来年も」
僕たちは笑みを交わし、夜空に輝く花火を
見やる。狭い視界の中で、眩く輝いては散り
ゆく花火を見ていた僕の胸は、どうしてか、
小さな痛みを訴えていた。
来年も、その次の年も、こうしてまた、
花火を見られるのだろうか?
少しずつ見える世界を失っていく僕は、
いつまで彼女と同じ世界を見続けることが
出来るのだろう?
幸せな筈の心に、小さな不安が過る。
僕はその不安を振り払うように、肩を抱く
手に力を込めると、(きっと大丈夫)と、
心の中で呟いた。
夜空が元の暗闇に戻ったのは、それから
一時間ほど過ぎたころだった。
肩を寄せ合ったまま駐車場へ戻ると、
僕たちは祭りが行われている神社の境内に
足を向けた。
ところが、テントが立ち並んでいた場所へ
戻ると、そこに祭りを楽しむ人たちの姿は
なく、テントの灯りを落とし、片付けをして
いる人たちの背中があった。
どうやら、町内の祭りは9時に終わって
いたようだ。境内は元の闇を取り戻し、
入り口から一番奥の拝殿前のテントだけが
橙色の灯りを漏らしている。
(帰ろうか)
ぼんやりとその光景を見ていた彼女に
そう言うと、僕は肩を抱いたままくるりと
踵を返した。
祭りも花火も十分に楽しめたし、彼女の
バッグの中には可愛いカメもいる。
いい思い出が出来たし、あの場所を教え
てくれた町田さんに感謝だ。
そんなことを思いながら鳥居の向こうを
見やった僕は、次の瞬間、ピタリと足を
止めた。
ぽっかりと穴が開いたような暗闇が、
目の前に広がっている。
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