22 / 31
21
しおりを挟む
「どうも、こんにちは」
遠慮がちに挨拶をすれば、白髪を後ろで
キレイにまとめた品の良い老婦が口元に手
を添え、耳打ちしてくる。
「あのね、院長先生は水曜が往診日なの。
でも、六時くらいに駐車場がある裏口から
戻ってくるわ」
「そうなんですね」
視線を他所に向けたままそう教えてくれ
た老婦に、凪紗は声を潜め、目を見開く。
「院長先生、ハンサムでとてもやさしい
でしょう?だから先生は指名予約でいつも
いっぱいなの。あたしもう十年以上ここに
通ってるんだけど、往診から早めに戻った
時は院長先生がやってくれることがあって。
それで、あえて水曜日を選んでるってわけ」
ふふっ、と目尻にシワを寄せ老婦が凪紗
を覗く。向けられた眼差しはまるで凪紗の
心の内を見透かしているようで。凪紗は膝
の上の紙袋にチラリと目をやって含羞んだ。
「じゃあ水曜は運が良ければ院長先生に
やってもらえる日なんですね」
「そう。でも今日はちょっとタイミング
がズレてしまいそう。きっと次はあたしの
番だわ」
腕時計を見やりながら老婦が肩を竦める。
時刻は五時半を回ったところだ。そして、
施術を終えた男性がカーテンから出てきて
受付で次の予約をしている。
「当てが外れちゃいましたね」
「他の先生方も腕が良くてやさしいから
ぜんぜん不満はないの。だけどね、それを
直接院長先生に渡したかったら施術が終わ
ったあと、ここで待っていれば会えるかも。
ほら、あの衝立の向こうに裏口があるのよ」
老婦が指差す方に目を向ければ、待合室
と通路を隔てるように水色の衝立が配され
ており、その手前に化粧室がある。
「ここに座っていると車のエンジン音が
聞こえるの。だから先生が裏口から入って
来て、カーテンの中に入る前にちょっと声
を掛ければ……」
そうか。
だから、この人はこの場所に座っていた
のかと凪紗は得心する。得意げににっこり
老婦が目を細めるので、凪紗は感謝の意を
込め笑みを返した。
するとさらに、老婦の内緒話が続いた。
「実はここだけの話なんだけど、この院、
来秋には自費診療をメインにした分院が出
来るらしいの」
「分院が。とっても人気があるんですね」
そんなこと、嘉一はひと言も言っていな
かったので凪紗は思いがけず耳にした情報
に驚きを隠せない。
遠慮がちに挨拶をすれば、白髪を後ろで
キレイにまとめた品の良い老婦が口元に手
を添え、耳打ちしてくる。
「あのね、院長先生は水曜が往診日なの。
でも、六時くらいに駐車場がある裏口から
戻ってくるわ」
「そうなんですね」
視線を他所に向けたままそう教えてくれ
た老婦に、凪紗は声を潜め、目を見開く。
「院長先生、ハンサムでとてもやさしい
でしょう?だから先生は指名予約でいつも
いっぱいなの。あたしもう十年以上ここに
通ってるんだけど、往診から早めに戻った
時は院長先生がやってくれることがあって。
それで、あえて水曜日を選んでるってわけ」
ふふっ、と目尻にシワを寄せ老婦が凪紗
を覗く。向けられた眼差しはまるで凪紗の
心の内を見透かしているようで。凪紗は膝
の上の紙袋にチラリと目をやって含羞んだ。
「じゃあ水曜は運が良ければ院長先生に
やってもらえる日なんですね」
「そう。でも今日はちょっとタイミング
がズレてしまいそう。きっと次はあたしの
番だわ」
腕時計を見やりながら老婦が肩を竦める。
時刻は五時半を回ったところだ。そして、
施術を終えた男性がカーテンから出てきて
受付で次の予約をしている。
「当てが外れちゃいましたね」
「他の先生方も腕が良くてやさしいから
ぜんぜん不満はないの。だけどね、それを
直接院長先生に渡したかったら施術が終わ
ったあと、ここで待っていれば会えるかも。
ほら、あの衝立の向こうに裏口があるのよ」
老婦が指差す方に目を向ければ、待合室
と通路を隔てるように水色の衝立が配され
ており、その手前に化粧室がある。
「ここに座っていると車のエンジン音が
聞こえるの。だから先生が裏口から入って
来て、カーテンの中に入る前にちょっと声
を掛ければ……」
そうか。
だから、この人はこの場所に座っていた
のかと凪紗は得心する。得意げににっこり
老婦が目を細めるので、凪紗は感謝の意を
込め笑みを返した。
するとさらに、老婦の内緒話が続いた。
「実はここだけの話なんだけど、この院、
来秋には自費診療をメインにした分院が出
来るらしいの」
「分院が。とっても人気があるんですね」
そんなこと、嘉一はひと言も言っていな
かったので凪紗は思いがけず耳にした情報
に驚きを隠せない。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる
春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。
幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……?
幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。
2024.03.06
イラスト:雪緒さま
あと5分だけ
朋藤チルヲ
恋愛
女性としていちばん良い時期を、だらだらと垂れ流すようにして過ごしていくのかもしれない。
ふとそう考えて怖くなる、三十代もなかばを過ぎたわたし。登録したマッチングサイトで出会った男性が、緩慢とした日々を変えるとは思わなかった。
ラスト一行で新しい風が吹き込むのを感じる、大人の純愛ストーリー。
騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
雨音
宮ノ上りよ
ライト文芸
夫を亡くし息子とふたり肩を寄せ合って生きていた祐子を日々支え力づけてくれたのは、息子と同い年の隣家の一人娘とその父・宏の存在だった。子ども達の成長と共に親ふたりの関係も少しずつ変化して、そして…。
※時代設定は1980年代後半~90年代後半(最終のエピソードのみ2010年代)です。現代と異なる点が多々あります。(学校週六日制等)
想い出は珈琲の薫りとともに
玻璃美月
恋愛
第7回ほっこり・じんわり大賞 奨励賞をいただきました。応援くださり、ありがとうございました。
――珈琲が織りなす、家族の物語
バリスタとして働く桝田亜夜[ますだあや・25歳]は、短期留学していたローマのバルで、途方に暮れている二人の日本人男性に出会った。
ほんの少し手助けするつもりが、彼らから思いがけない頼み事をされる。それは、上司の婚約者になること。
亜夜は断りきれず、その上司だという穂積薫[ほづみかおる・33歳]に引き合わされると、数日間だけ薫の婚約者のふりをすることになった。それが終わりを迎えたとき、二人の間には情熱の火が灯っていた。
旅先の思い出として終わるはずだった関係は、二人を思いも寄らぬ運命の渦に巻き込んでいた。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる