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第四章:心に触れる
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蛍里はその言葉に、また、胸の痛みを覚えながらも、
ぎこちなく笑う。
「ですよね。専務も、冗談を言うことがあるんですね」
あはは、と、乾いた笑いをしながら、そう言った蛍里に、
専務は肩を竦めて見せた。その表情はいつものものだ。
「まあ、たまには。僕の堅苦しいイメージもあって、
冗談に取られないことの方が多いんですけど」
確かに。と、頷きそうになって、蛍里は慌てて首を振る。
同じことを滝田に言われたのなら、蛍里は笑って
流せたかもしれない。
「そろそろ、帰ります。あなたも、早く家に戻って。
余震には気を付けてください」
「はい。ありがとうございます」
ひらりと手を振ると、専務はエンジンをかけ、車を
発進させた。蛍里は、彼の車が見えなくなるまで
ずっと、その場所から動けなかった。
「ねーちゃん、大丈夫だった!?」
家に入り階段を上がると、すぐに拓也が部屋から
飛び出してきた。スウェットを着ているところを見ると、
拓也はすでに入浴を終えているらしい。蛍里は拓也
の顔を見てホッとすると、大丈夫だよ、と笑った。
「本当に怖かったね。拓也は大丈夫だった?」
「オレは平気。夕方から家にいたからさ。風呂入ろう
と思ったらお湯が出なかったから、さっき裏口にある
マイコンメーターを復旧させてきたところ」
「そっか、ありがと。わたし、そういうの良く
わからないから……拓也がいてくれて良かった」
コートを脱ぎながらそう言うと、拓也は蛍里の後に
ついて、部屋に入ってきた。
「それより、電車止まってるのに、どうやって帰って
来たの?オレ、迎えに行こうかと思ってたんだけど」
ポケットから取り出した携帯の画面を蛍里に見せ
ながら拓也が言う。画面の表示は「しばらくお待ち
ください」という接続規制から、いつもの待ち受け
画面に戻っていて、蛍里に電話をかけた発信履歴が
表示されていた。
「ごめん!電話くれてたんだ。わたし、どうせ使えない
と思って、電源切っちゃってたの」
「何だよそれ。電源切っちゃったら、もっと使えない
じゃん。で、どうやって帰ってきたの?」
口を尖らせながら、眉を顰めながら、尚も拓也が
訊いてくる。蛍里は何となく、拓也の返答が予想
できて、ふい、と背を向けながら言った。
「車で送ってもらったのよ。会社の人に」
「会社の人って……前言ってた、気になる人?」
「違うよ、ぜんぜん。上司の榊専務。
もう一人の同期と一緒に、送ってもらったの」
「ふうん、そうだったんだ。でもなんか凄いな、
専務が送ってくれるなんて。普通、役員レベル
の上司って、もっと社員と距離がある感じがする
けど。上司に恵まれてんだな、ねーちゃんは」
ぎこちなく笑う。
「ですよね。専務も、冗談を言うことがあるんですね」
あはは、と、乾いた笑いをしながら、そう言った蛍里に、
専務は肩を竦めて見せた。その表情はいつものものだ。
「まあ、たまには。僕の堅苦しいイメージもあって、
冗談に取られないことの方が多いんですけど」
確かに。と、頷きそうになって、蛍里は慌てて首を振る。
同じことを滝田に言われたのなら、蛍里は笑って
流せたかもしれない。
「そろそろ、帰ります。あなたも、早く家に戻って。
余震には気を付けてください」
「はい。ありがとうございます」
ひらりと手を振ると、専務はエンジンをかけ、車を
発進させた。蛍里は、彼の車が見えなくなるまで
ずっと、その場所から動けなかった。
「ねーちゃん、大丈夫だった!?」
家に入り階段を上がると、すぐに拓也が部屋から
飛び出してきた。スウェットを着ているところを見ると、
拓也はすでに入浴を終えているらしい。蛍里は拓也
の顔を見てホッとすると、大丈夫だよ、と笑った。
「本当に怖かったね。拓也は大丈夫だった?」
「オレは平気。夕方から家にいたからさ。風呂入ろう
と思ったらお湯が出なかったから、さっき裏口にある
マイコンメーターを復旧させてきたところ」
「そっか、ありがと。わたし、そういうの良く
わからないから……拓也がいてくれて良かった」
コートを脱ぎながらそう言うと、拓也は蛍里の後に
ついて、部屋に入ってきた。
「それより、電車止まってるのに、どうやって帰って
来たの?オレ、迎えに行こうかと思ってたんだけど」
ポケットから取り出した携帯の画面を蛍里に見せ
ながら拓也が言う。画面の表示は「しばらくお待ち
ください」という接続規制から、いつもの待ち受け
画面に戻っていて、蛍里に電話をかけた発信履歴が
表示されていた。
「ごめん!電話くれてたんだ。わたし、どうせ使えない
と思って、電源切っちゃってたの」
「何だよそれ。電源切っちゃったら、もっと使えない
じゃん。で、どうやって帰ってきたの?」
口を尖らせながら、眉を顰めながら、尚も拓也が
訊いてくる。蛍里は何となく、拓也の返答が予想
できて、ふい、と背を向けながら言った。
「車で送ってもらったのよ。会社の人に」
「会社の人って……前言ってた、気になる人?」
「違うよ、ぜんぜん。上司の榊専務。
もう一人の同期と一緒に、送ってもらったの」
「ふうん、そうだったんだ。でもなんか凄いな、
専務が送ってくれるなんて。普通、役員レベル
の上司って、もっと社員と距離がある感じがする
けど。上司に恵まれてんだな、ねーちゃんは」
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