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第四章:心に触れる

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「でも、こういう時、文明って役に立ちませんね。

携帯は使えなくなっちゃうし、エレベーターも

使えなくて、階段で下りることになっちゃうし」

蛍里は小さく息をつきながら、2人の会話に入る。

サカキグループの本社が入っているビルは、

地上30階建ての高層ビルだ。5階から28階

まではオフィスとなっていて、自分たちを含む

多くの社員が、非常階段を使って下りなければ

ならなかった。コツコツ、とヒールを履いた足で、

17階から1階まで下りるのは、思っていたより

ずっと大変で、蛍里のかかとには靴擦れができている。

オフィスが28階じゃなくて良かった、

なんて思ったくらいだ。

「確かに。女性の足じゃあの階段は辛いよな。

言ってくれれば、俺がおんぶしてあげたのに」

冗談半分、本気半分、といった感じでそう言った

滝田を、蛍里は「もう」とバックミラー越しに睨む。

滝田は「あはは」と笑って、その様子を見ていた

専務がちらりと蛍里に視線だけを送った。

「2人とも仲が良いですね。同期でしたっけ?」

「はい。新人研修で同じグループだったんです。

本社に配属された同期は少ないし、社内で折原

さんを見かけると、つい、俺の方が構っちゃうって

いうか。家も近いから、たまに同期で飲んだ時は

一緒に帰ることもあるんですよ。ね?折原さん」

助手席に座る蛍里に、身を乗り出しながら滝田が

同意を求める。蛍里は、滝田の声が耳元に近づ

いたことにドキマギしながら、ぎこちなく頷いた。

同期と飲みに行った回数は数える程しかないし、

滝田と一緒に帰ったのも、たった一度だけれど……

社内で一番親しい同期であることは、間違いない。

「……………」

蛍里は、話を振ったきり反応のない専務に内心首を

傾げ、隣を盗み見た。運転に集中しているからか、

はたまた、何かを考えているからか?専務は感情の

読めない眼差しを視界の先に向けている。



-----この間は、何だろう?



蛍里が不安になって口を開きかけた時、ようやく専務

が言葉を発した。

「羨ましい限りです。僕には心を赦せる同期も、

気軽に飲みに行ける仲間もいないので。僕のような

立場の人間がこんなことを言うのも何ですが、出来る

ことならあなた方と肩を並べて笑っていたかったと、

思うこともあります」

「時々ですけどね」と、自嘲の笑みを浮かべながら、

そう付け加えた専務に、滝田も、蛍里もすぐには言葉が

出なかった。
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