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第三章:嘘をつく理由

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そこまで言った滝田に、蛍里は信じられない、といった

顔で首を振った。そんな風に、自分が噂されているなんて。

初耳だ。

「うそ。知らなかった……わたし、そんな風に言われてる

なんて。だって、わたしが専務に仕事を頼まれるのは、

一番席が近いからで、他に理由なんてないのに。どうして、

みんな陰でそんなこと……」

動揺から声を震わせてそう言った蛍里に、滝田がはは、

と白い歯を見せる。蛍里は、不思議に思って顔を上げた。

「陰で言うから、『陰口』って言うんだよ。でも、

そういうのに疎い所が、折原さんらしくていいんだけど。

専務も婚約したとは言えあの容姿だから、密かに憧れてる

女子が多いんだ。だから、折原さんにその気がないなら、

必要以上に彼に近づかない方がいいと思う。

あることないこと噂されたりするの、嫌だろう?」

大人が子供にそうするように、ポンと蛍里の頭を

軽く叩いて、滝田の手が離れてゆく。蛍里はもう、

それ以上何も言えずに、わかったとだけ答えた。

ブーー、ブーー、と、滝田の懐で携帯が震える。

「あ、やべ」

そう言って電話に出ると、滝田は「しぃ」と、また

人差し指を唇にあてた。蛍里も唇に指をあてて頷く。

廊下には誰もいない。

「お疲れさまです………はい……はい。あと5分

くらいで社に戻れます。はい………わかりました」



-----もうとっくに社内にいるのだけど。



涼しい顔でにいるような口振りでそう言うと、

滝田がピッ、と電話を切る。蛍里は彼の要領の良さに

目を丸くしながら、2人で顔を見合わせて笑った。

「あと5分って……上手いね。滝田くん」

「これくらいのこと、しょっちゅうやってるよ。俺らの

部署は就業時間があってないようなもんだからね。

それより、折原さんも戻らなきゃヤバいんじゃない?

もう40分過ぎてる」

腕時計に目をやりながらそう言った滝田に、

蛍里は悲鳴を上げそうになった。



-----いくら何でも、これは不味い。



「ごめん。わたし、もう行くね!!」

蛍里はそう言って滝田に手を振ると、専務から

借りた本を脇に抱えて、廊下を走ったのだった。





(その気がないなら、彼に近づかない方がいいと思う)

家に帰っても、テレビを観ていても、昼間、滝田に

言われたそのひと言が頭から離れなかった。

何だか、モヤモヤする。

自分にはそんなつもりなんてないのに、陰では

好き勝手に言われていたのだ。しかも滝田にまで、

その気がないなら……なんて言われて。

というのは、いったいどういう意味なのか?
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