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第三章:嘘をつく理由
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会社の駐車場に戻ってきた頃には、昼休みが終わり、
午後の勤務が始まっていた。何となく、お城の舞踏会
から帰ってきたシンデレラのような心地で、蛍里は
シートベルトを外す。駐車場に人影はなく、その事に
ほっとしながら専務を向くと、同じく、シートベルトを
外した専務が後部座席を振り返って、何やらガサガサ
と探し物を始めた。ふわりと、彼の香りが鼻先まで
届いて、どきりとする。肩が触れ合うほど、近くにある。
「あの、何か探し物ですか?」
何をしているのだろう、と首を傾げながら訊くと、
専務は、鞄の中から取り出したらしいビニール袋を
蛍里に渡した。
「僕は少ししてから戻るから、あなたはこれを持って
先に行ってください。『何処へ行っていたのか』と訊か
れたら、僕に頼まれてこれを買いに行っていたと言え
ばいい。やましいことは何もなくても、2人で視察に
行っていたとは、あなたも言いづらいでしょう?」
その言葉に目を丸くしてビニール袋を覗けば、本が
2冊入っている。「10年後、生き残る経営戦略」という
タイトルから察するに、経営者のためのハウツー本
だろう。蛍里は目をシパシパしながら、専務を見た。
「これ、あらかじめ用意してあったんですか?」
「まさか。たまたまですよ。今日、あなたを視察に
連れていくと決まっていたわけじゃありませんし」
「ですよね。でも、ありがとうございます。
ずっと、なんて答えようか考えていたので……」
会社に戻る車の中、蛍里は言葉少なにその事を
考えていたのだ。専務の言う通り、何もやましい
ことなどなくても、正直に2人で視察をしていた
と話せば、それに要らない尾ひれ背びれがついて、
社内に噂が広がってしまうかもしれない。そんな
ことになれば、榊専務だって困ってしまうだろう。
「後で、あなたが『買ってきました』と僕に返すとき、
笑ってしまわないように気を付けます。あなたも、
上手くやってください」
くす、と笑いながら専務が言う。蛍里もその光景を
想像して思わず笑みを浮かべると、じゃあお先に、
と言って車から降りた。そうして、小さな秘密を
共有した専務を一度振り返ると、本を抱きしめ、
足早に駐車場を出て行った。
人目につかないよう気を付けながら更衣室に戻り、
制服に着替え終えると、蛍里はビニール袋を手に
廊下に出た。そろそろ、専務も車を出る頃かも
しれない。一足先に、仕事に戻らないと……。
そう思いながら蛍里が歩き出した時だった。
背後から「折原さん」と呼ぶ声がして、蛍里は思わず
「ひゃ」と声を上げた。バサリ、と手にしていた本を
足元に落としてしまう。
午後の勤務が始まっていた。何となく、お城の舞踏会
から帰ってきたシンデレラのような心地で、蛍里は
シートベルトを外す。駐車場に人影はなく、その事に
ほっとしながら専務を向くと、同じく、シートベルトを
外した専務が後部座席を振り返って、何やらガサガサ
と探し物を始めた。ふわりと、彼の香りが鼻先まで
届いて、どきりとする。肩が触れ合うほど、近くにある。
「あの、何か探し物ですか?」
何をしているのだろう、と首を傾げながら訊くと、
専務は、鞄の中から取り出したらしいビニール袋を
蛍里に渡した。
「僕は少ししてから戻るから、あなたはこれを持って
先に行ってください。『何処へ行っていたのか』と訊か
れたら、僕に頼まれてこれを買いに行っていたと言え
ばいい。やましいことは何もなくても、2人で視察に
行っていたとは、あなたも言いづらいでしょう?」
その言葉に目を丸くしてビニール袋を覗けば、本が
2冊入っている。「10年後、生き残る経営戦略」という
タイトルから察するに、経営者のためのハウツー本
だろう。蛍里は目をシパシパしながら、専務を見た。
「これ、あらかじめ用意してあったんですか?」
「まさか。たまたまですよ。今日、あなたを視察に
連れていくと決まっていたわけじゃありませんし」
「ですよね。でも、ありがとうございます。
ずっと、なんて答えようか考えていたので……」
会社に戻る車の中、蛍里は言葉少なにその事を
考えていたのだ。専務の言う通り、何もやましい
ことなどなくても、正直に2人で視察をしていた
と話せば、それに要らない尾ひれ背びれがついて、
社内に噂が広がってしまうかもしれない。そんな
ことになれば、榊専務だって困ってしまうだろう。
「後で、あなたが『買ってきました』と僕に返すとき、
笑ってしまわないように気を付けます。あなたも、
上手くやってください」
くす、と笑いながら専務が言う。蛍里もその光景を
想像して思わず笑みを浮かべると、じゃあお先に、
と言って車から降りた。そうして、小さな秘密を
共有した専務を一度振り返ると、本を抱きしめ、
足早に駐車場を出て行った。
人目につかないよう気を付けながら更衣室に戻り、
制服に着替え終えると、蛍里はビニール袋を手に
廊下に出た。そろそろ、専務も車を出る頃かも
しれない。一足先に、仕事に戻らないと……。
そう思いながら蛍里が歩き出した時だった。
背後から「折原さん」と呼ぶ声がして、蛍里は思わず
「ひゃ」と声を上げた。バサリ、と手にしていた本を
足元に落としてしまう。
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