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第三部:白いシャツの少年

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 「ともちゃん、そっちそっち!」

 「たっくんは向こう回って!!」

 刑事役の二人が必死に追いかけてくる。
 怪我をさせないよう幼い二人を気遣い
ながら、けれど、自分も本気で楽しみな
がら、すばしっこく庭を走り回り、草木
を掻き分け家の裏手まで逃げる千沙に
追いつくのはいつも侑久だった。

 「捕まえた!」

 顔をまっ赤にした侑久に抱きつかれる
たびに、千沙の胸は温かくなった。

 「ちぃ姉、ちぃ姉」

 そう甘えてくるたびに、千沙は姉とし
て守ってあげたいと思った。

 もちろん、妹の智花も同じように可愛い
かったが、智花は少々おしゃまなところが
あり、あまり甘えてくることはない。

 浴衣を着た二人を夏祭りに連れてゆく
時も、侑久はしっかりと千沙の手を握っ
てくれるのだが、「ともか、一人で歩け
るもん」と、人混みを掻き分け、智花は
いつも先頭を行ってしまった。

 「ともちゃん、迷子になっちゃう!」

 そんな智花の背中を追いかけながら、
それでも自分の手を離そうとしない侑久
も、やはり可愛かったのだけど……。


――いつまでも、二人の姉でいよう。


 そう、思っていたのに、彼の姿を見る
たびに、あの白いシャツを眩しいと思う
たびに、鼓動が鳴るようになったのは
間違いなくあの夜からだった。






 「侑久くんが帰って来ないみたいなの」

 部屋のドアを開けるなり、そう言って
千沙の顔を覗き込んだ母親は、侑久の
母親からメールが来たのだと説明した。

 今日は塾が休みだから、と、父親に買
ってもらった天体望遠鏡を手に出掛けて
行ったきりなのだという。

 「あなた彼の行き先に心当たりない?
携帯に電話しても出ないみたいなのよ」

 ちらりと時計を見やりながらそう訊
ねる母親に、千沙は「ある。私、迎え
に行ってくる」と、立ち上がった。

 そうして、刃織物を手に部屋を出る。
 望遠鏡を持って出掛けたと聞けば、
彼がいる場所は一つしか思い当たらない。

 「もうすぐ12時なるのに」

 千沙はそう呟きながら、侑久がいるで
あろう、『みはらしヶ丘』まで自転車を
走らせた。




 その場所は自宅から10分ほど離れた、
丘陵地にあった。市が操車場跡地を整備
し、作った広大な芝生公園。

 その公園を一望できる『みはらしヶ丘』
が、侑久お気に入りの観測スポットとな
っている。千沙は駐車場に自転車を止め
ると、公園を抜け、丘を駆け上がった。


――いた。


 千沙は暗闇の中に白いシャツを見つけた
瞬間、安堵から大きく息を吐いた。

 夜風に髪を預けながら、じっと宇宙そら
見上げている、少年の背中がある。

 無限に広がる宇宙に、心を奪われた少年。

 しがみつく様に望遠鏡を覗いたまま、
自分が来たことに気付かない侑久に、
千沙は声を上げた。
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