罪の在り処

橘 弥久莉

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 今回の事件で生存が確認された当麻卓は、
自動的に戸籍が訂正され、『当麻卓』として
罪を償うこととなったのだ。一方で、戸籍を
売ったとされる本物の『浅利伴人』は共犯者
として全国に指名手配されたが、彼の行方は
未だ掴めていない。二人に拉致、監禁されて
いた早川永輝は衰弱していたものの目立った
外傷はなく、一週間ほどの入院を経て妻の元
へ帰ったと聞く。

 当麻卓の人生をかけた復讐劇はあっけなく
終焉を迎え、けれど、彼の心に渦巻く憎しみ
を思えば一件落着という訳にはいかなかった。

 彼を更生へと導き、心の傷を癒せるのは母
である彼女しかいない。そのことを思い、僕
は言葉を向ける。

 「彼が二度と同じ過ちを繰り返さないよう
導くことが出来るのは、母親であるあなただ
けなんです。そのあなたを追い詰めるほど僕
は彼を憎んでもいなければ、恨んでもいない。
だからどうか、一番近くで息子さんを支えて
あげてください。犯した罪を責めるだけでは
人は変われない。家族に愛されていることに
気付けたとき、初めて罪を悔い改めることが
出来るんだと思います。僕が願うのは、彼が
人を傷つけたくなるほどの憎しみから解放さ
れることだけですから」

 涙に頬を濡らしたまま、母親がゆるりと顔
を上げる。その彼女に居住まいを正すと、僕
は口にした。

 「その節は、身分を偽るようなことを言っ
てすみませんでした。加害者家族を支援する
団体、『STAND BY U』で活動しておりま
す、卜部吾都うらべあさとと申します。息子さんが罪を償う
間、世間の処罰感情は加害者家族であるお母
さんに向けられてしまうかも知れない。その
時はいつでも僕たちを頼ってください。誠意
をもって、支援にあたらせていただきます」

 母親の顔がくしゃりと歪む。

 けれど、涙に濡れた顔はどこか救われたよ
うに柔らかだった。僕はそのことに、ほっと
息を吐く。

 そして帰ってゆく母親の背中を見送ると、
ついに姿を現さなかった彼女を想い、窓の外
を眺めたのだった。





 ようやく店の前に辿り着いた僕は、痛みに
曲がっていた腰を伸ばし、看板を見上げる。


――古書&カフェ『みちくさ』。


 昭和初期に建てられたに違いない趣のある
店構えは驚くほどに懐かしく、ここに戻って
来られたことを奇跡のように感じた。

 僕は細く息を吐くと、閉店時間が近い店の
戸を開ける。カラカラと控えめに鳴る戸の音
に、奥から「いらっしゃいませ」と澄んだ声
が聴こえた。

 その声に足音をさせながら、店内を進む。
 会いたくて、会いたくて仕方なかったその
人の姿をこの目に映せば、彼女は本棚に仕舞
いかけていた本をばさりと落とした。

 そうして僕を向き、首を振る。
 瞬く間に瞳から溢れ出した涙が、形の良い
顎を伝った。
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