罪の在り処

橘 弥久莉

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第五章:罪の在り処

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 やがて腐食が進んだ鉄板の床を歩いてゆく
と、二階の割れた窓から光が射し込んでいる
場所に人影が見える。廃墟の残留物と化した
機械に身を預け、こちらに目を向けた男性の
顔に見覚えはなく、五十代前後のその男性の
足元に、うつ伏せの状態で兄が転がっていた。

 「お兄ちゃん!!?」

 兄の姿を目にした瞬間、声を上げたわたし
の首元にちくりと刃があてられる。背後から
わたしを抱き込むようにして自由を奪うと、
当麻卓は低い声で言った。

 「騒ぐな。ヤツは生きてる」

 「ほ、本当なの?」

 その言葉を信じていいものかわからず声を
震わせたわたしに、彼はくつくつと笑った。

 「当たり前だ。ヤツが死んだら復讐の仕上
げが台無しになるからな」

 復讐の仕上げという不気味なニュアンスに
顔を顰める。けれど目を凝らして兄を見れば、
兄の背中は荒い呼吸に上下して見えた。

 「ドーパミンを抑制する薬を過剰投与した
ことによる、一時的な筋肉のこわばりと言語
障害だ。死んではいないが意識は朦朧として
いて、話し掛けても何も聞こえない。こんな
再会で悲しいだろうが、まあ、会わせてもら
えただけでもありがたいと思え」

 そう説明すると、彼は喉に刃を突き付けた
ままこちらを見ている男性に近づく。そして、
懐から車のキーと共に封筒を取り出し、その
男性に手渡した。

 「残りの金だ。あとは頼んだぞ」


――彼は共犯者だ。


 封筒を覗き、札束が入っていることを確認
すると、どす黒く日焼けした顔を歪めニタリ
と黄ばんだ歯を見せる。

 「任せときな」

 ぼそりとそう呟いたかと思うと、手にした
キーを指先で弄びながら彼はこの場を去って
ゆく。その背中を見送ると、当麻卓はここか
らが本番とばかりにコキコキと首を鳴らした。

 「さてと、何も知らないまま死ぬのは不憫
だから少しだけおしゃべりしてやろう。何か
質問は?」

 耳元で囁き、彼がわたしの髪に頬をあてる。
 殺意と共に伝わってくる彼の体温に鳥肌を
立てつつ、わたしは思案した。彼がおしゃべ
りをしてくれるというなら、委細漏らさず話
を聞かせてもらおう。少しでも時間を稼げば、
携帯の電波を掴み、警察が助けに来てくれる
かも知れない。

 わたしはそう思い倦ねると、話を引き延ば
せる質問を投げかけた。

 「どうやって別人に成りすましたの?」

 その問いに彼は、ふっ、と息を漏らす。

 当麻卓は、雪山で死んだことになっている。
 その彼がどうやって浅利伴人という人間に
成り代われたのか、純粋に知りたかった。

 「いい質問だ。きっかけは些細なことだっ
た。戸籍を売買する闇サイトの存在を裏社会
に通じる人間から聞いたんだ。戸籍を売りた
い人間がいて、戸籍を買いたい人間がいる。
俺はそのサイトで彼から戸籍を買い、そして
金で犯罪の片棒を担いでもらったってワケさ」

 「じゃあ、さっきの男性が本物の?」

 下卑た笑いを向け、金を手に去っていった
男性。彼が本物の『浅利伴人』らしい。

 わたしの言葉に彼が頷く。
 髪に寄せられた頬が、それを伝えてくれる。
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