罪の在り処

橘 弥久莉

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第五章:罪の在り処

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 「たったいまブックフェスティバルに行っ
て来たんですけど、古民家は空っぽで誰もい
ないんです。もしかして会場を間違えたのか
とも思ったんですが、緑地公園の中の古民家
で合ってますよね?」

 「はて、誰もいない???そんな訳はなか
ろう。佐奈は車に荷物を積んで向かったのに。
緑地公園の古民家で間違いないが、本当に誰
もいなかったのかね?」

 「はい、人っ子一人。佐奈さんにも電話を
入れましたが出ないんです」

 「電話にも出ないだと?」

 どうやら、お爺さんも何も知らないようだ。
 僕と同じく狐に化かされたような顔をして
いるお爺さんに、僕は腕を組み彼女との会話
を想起する。


 『区の管理する古民家を借り切ってフェス
ティバルを開催するんです。この商店街から
はうちと文具屋さんの隣にある『森の本屋』
さんも出店するんですけど、雑貨のお店とか
も入るから、けっこう集客が見込めるみたい』


 僕は、はっ、と顔を上げた。
 この商店街からはもう一店舗、『森の本屋』
が出店すると彼女は言っていた。僕はそのこ
とを思い出すと、お爺さんにその旨を伝え、
商店街の入り口付近にある『森の本屋』に走
った。


 文具屋の並びにある『森の本屋』はとても
小ぢんまりとしていた。明るい店内に客の姿
はなく、僕は店に入るなりカウンターに立つ
エプロン姿のおばさんに歩み寄る。

 「いらっしゃいませぇ」

 紙のブックカバーを折っていた手を止める
と、おばさんは黒縁眼鏡の奥から不思議そう
な視線を投げかけた。

 「あの、ちょっとお伺いしたいことがある
んですが」

 「はあ、何でしょう?」

 「商店街の奥にある『みちくさ』の店員さ
んから、今日はこちらのお店も古民家で開催
するブックフェスティバル出店すると聞いて
いたんですが」

 「ブックフェスティバル?いいえ、うちに
はそんなイベントの話、きていませんけど?」

 しぱしぱと目を瞬きながらおばさんが言う。
 僕は嫌な予感がどんどん現実となってゆく
のを感じながら、身を乗り出した。

 「本当に何も聞いていませんか?こちらの
お店にもコンサルティング会社の浅利さんが
企画を持ってきたと思うんですけど。眼鏡を
かけた色白の男性です」

 「浅利さん???」

 「株式会社Too meetの浅利伴人さんです。
この商店街に出入りしてる、営業さんですよ」

 彼の名を聞いてもポカンとしているおばさ
んに、僕の心臓は早鐘を打つ。まさかそんな。

 その言葉が脳裏を過った瞬間、おばさんは
無情にも首を横に振った。

 「いいえ、そんな人知りませんけど。浅利
なんて名前、聞いたこともありません。失礼
ですけど、何か勘違いなさってるんじゃない
かしら?」

 困り果てた顔を向けるおばさんに、僕は声
もなく立ち尽くす。


――浅利伴人を、知らない?


 ならば、あの企画どころか彼の存在自体が
虚構ということになるのではないだろうか?
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