罪の在り処

橘 弥久莉

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第五章:罪の在り処

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 するすると手動のドアウィンドウが開いて、
彼が顔を覗かせる。

 「荷物積み終わりました。わたしが運転す
るので、助手席に移ってもらえますか?」

 窓越しに言うと、彼はなぜか助手先を促す
ようにひらりと手を翳した。

 「僕が運転するから、助手席乗って」

 「そんな、悪いです。わたしが」

 「いいって。会場まで二十分も掛からない
んだし、一度この車運転してみたかったから」

 後部座席を振り返って浅利さんが言う。

 車体と同じ白とサックスの市松模様が施さ
れた車内はどこかメルヘンチックで、乗る者
を夢の世界に誘ってくれそうな雰囲気がある。

 「それじゃ、お言葉に甘えて」

 わたしはぺこりと頭を下げると、助手席に
座る。そしてシートベルトをカチと締めると、
浅利さんを向いた。

 「よしっ、じゃあ出発しますか」

 にこやかに言ってハンドルを切ると、彼は
細い脇道を大通りに向かって走り始めた。

 くねくねと商店街から続く道を抜け大通り
に出れば、朝の白い陽射しを浴びた街路樹が
目に飛び込んでくる。すでに黄色い葉を落と
した木々は寒そうだったけれど、それが季節
の移り変わりを暗に伝えていて、わたしは無
意識のうちに頬を緩めてしまった。

 「何かいいことあったでしょ?」

 窓の外をゆき過ぎる風景を眺めていたわた
しに、浅利さんが訊いてくる。わたしは反射
的に隣を向くと、前を向いたまま目を細めて
いる彼に訊ねた。

 「ど、どうしてそう思うんですか?」

 「だって、さっきからずっと頬が緩みっぱ
なしだから」

 「うっ!」

 図星を刺され、わたしは両頬を手で挟む。


――もうすぐクリスマスだ。


 窓の外を流れる風景にそう思ったわたしは、
ごく自然に彼とのことを思い出していた。


 二度目のキスは一度目のそれより甘く深く、
恋人となった彼は意外なほどに情熱的だった。
 息が切れるまで唇を重ね続け、息苦しさに
胸が膨らむと、彼の唇はわたしの頬を濡らし、
耳に口付け、そうしてまた焦がれるように唇
を求めた。

 どれくらいそうしていたかは、わからない。
 けれど彼と触れ合う時間は心が蕩けてしま
いそうなほど幸せで、わたしは恋に憑りつか
れたように、彼と唇を重ね続けたのだった。


――幸せ過ぎて、何だか怖い。


 ふと、そんなことを思って俯いてしまった
わたしを、ちらり、と浅利さんの目が捉える。
そして赤信号でブレーキを踏むと、こちらを
向いた。

 「どうしたの?『あの彼』と上手くいきそ
うなんじゃないの?」

 唐突にそんなことを口にした浅利さんに、
わたしは思わず目を見開く。

 「『あの彼』って、誰のことですか?」

 顔を上げ浅利さんの目を覗くと、彼は肩を
竦めてまた前を向いた。その横顔は、どこと
なく、いままで知っていた彼と違う気がした。
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